三菱一号館(明治27年~昭和43年)の竣工した数年後に三菱五号館が設計された。設計主任は、ジョサイア・コンドルの弟子である曾禰達蔵。きれいな立面図が残されているが、屋根だけの別案もある(竣工後の写真と一致)。スチーム暖房の導入により暖炉用の煙突がなくなり、小屋根の高さが低くなった。コーナーに建つ三菱一号館・二号館を極立たせるため、あまり主張しない屋根デザインを志向したのではないだろうか。
三菱一号館、三菱四号館、三菱五号館
下:三菱五号館正面図の初期案
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野村 和宣
のむら かずのり
建築や都市を鑑賞する際、専門家の意識を取り除いて、できるだけ素の人間としての自分になって観るように心がけています。美味しい料理が理屈なく美味しいと感じられることと同じように。
Update : 2014.06.01