2018.09.21

R&D DISCUSSION Vol.02

建築  インダストリアルデザインからの視座[後編]

山田 晃三 株式会社GKデザイン機構 取締役相談役

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Q : GKデザイングループのデザイン思想、
特徴を教えてください。

A : GKは創業以来60年以上「道具」をデザインしてきた、と言えます。人類の歴史は数十万年前、「道具」を手にしたときから始まります。道具とは字のごとく「人の道の具えそなえ」として、人類とともに進化してきました。初めは単純な道具から、道具を作る道具を生み出し、移動のための道具や、生活のためのさまざまな道具を誕生させました。GKは製品も機械も設備も、人がつくり上げた人工物はすべて「道具」と呼びます。道具は英語でtoolとかequipmentと訳されますが、GKでは訳さずに「Dougu」とそのまま使います。こうした道具たち、すべて人の意思によって誕生したものですから、GKでは道具を「心ある存在」という視点でとらえています。すなわち「道具には心がある」という思想です。また道具は自分たちの身体の延長線上にあり人の「分身」でもあります。だから道具とは会話ができ、愛おしいものです。僕らにはあらゆる道具の心が読めるといっても過言ではありません。

しかし本来、デザイナーだけでなく、日本人の多くはそれを感知できる遺伝子をもっているのではないでしょうか。四季折々に変化があり自然豊かでありながら、地震、台風、洪水、噴火など危険極まりない島国。ここで生きる知恵として、自然の微細な変化を読み取る術を獲得しました。自然には神が宿り、生き物すべてに心がある。さらにモノにも心があるという想像力は、この国の文化的特徴です。栄久庵憲司は1980年に出版された著書『幕の内弁当の美学』で、日本人の美意識や日本的ものづくりの発想の原点を、幕の内弁当を題材に論じました。目の前に置かれた漆の箱のフタを開けると、整然と仕切られ、その一つ一つに世界がありつつ喧嘩せずに調和し、素材の命を介して季節が描かれます。どう食べるのかは食べる側に委ねられ、食べ方によって世界の広がり方が変わっていく。それを楽しむのが日本的な美学であり、自然とともに生きてきた日本人だからこその設計方法論といえます。
GKはこうした学問的研究を通して、「道具の過去、現在、未来」を考えることが、すなわち「人とはなにか」を思考することと同義であると考えています。

『幕の内弁当の美学』の翻訳本『The Aesthetics of the Japanese Lunch Box 』
表紙(米・MIT出版 / 1998年)

Q : 建築をどのように捉えていますか?「道具」でしょうか?

A : GKでは、世の中は道具(人工物/Artificial)と環境(自然/Natural)で成り立っていると考えています。道具と環境の関係は、図と地の関係。服もコンピュータもジェット機も、身体の延長線上にある人工物であり道具です。が、問題は「建築」です。栄久庵が建築評論家の川添登さんたちとつくった「道具学会」で、建築は道具なのか道具でないのか、議論が続いています。例えば、モンゴル高原で用いられているパオなどは、身体の延長線上にある「住むための道具」と言えますが、そもそも人類が原初に洞窟を見つけて棲んだことを考えると、それは自然を上手く利用していたということであって、道具とは言えない。洞窟は「不動産」ですが、パオは「動産」です。道具は基本的に動かすことが可能です。小さくしたり大きくしたり、組み合わせたり、ときに消えてなくなる。ならば巨大なビルは道具と言えるのか? なかなか答えは出ません。

ただ、とくに日本の建築は、「式年遷宮」を行う伊勢神宮に代表されるように、「道具的な」発想でつくられてきたと川添さんも言われていました。1960年代、川添さんらが中心となり、新進気鋭の若手建築家らが組織した「メタボリズム運動」に栄久庵も参加していました。細胞のように有機的で、増減を繰り返しながら成長する ———  この新陳代謝する生命体として建築を捉える思想は、極めて日本的、東洋的なものとして世界から注目を集めました。メタボリズムは運動体としては解散したものの、近年ではレム・コールハースらがそのドキュメンタリー&インタビュー集『Project Japan』を出版したことでも有名です。
メタボリストたちの代表的な実作に、多くのメンバーが会場計画・建築計画に携わった1970年の大阪万博があります。中心となった「お祭り広場」の大屋根の下では、連日、各国の祭りが繰り広げられました。突き抜ける太陽の塔は、技術や産業発展よりも「民族や生命の尊さ」を訴えた反旗的シンボルです。このとき収集された世界の民族道具たちが、のちに公園内に建てられた国立民族博物館に収蔵されています。「祭り」は単なるイベントではなく、人類が生きるか死ぬかの中で、五穀豊穣や子孫繁栄のために行ってきた、もっと切実で根源的なものです。異性間の強烈な恋心、同性間の強い友情、家族間の深い愛情など、収蔵された道具たちがそれを証明してくれています。今、失われつつあるものは、かつて、祭りで生まれ育まれていました。

大阪万博でGKが手がけたストリートファニチュアやサイン(1970年)

Q : これからの建築デザインに期待することは何でしょうか?

A : インダストリアルデザインには一つのジレンマがあります。それは道具が進化しすぎると、自分の内側にあるもの、いにしえから持っている生物的感覚を鈍らせるという弊害です。このまま行けば、「道具は、人類が人類でなくなるために存在している」ということになるでしょう。AIの進化を見るまでもなく容易に想像がつきます。道具は身体の延長線上にあるもので、高度な道具を持つほどに、自身は自然から遠ざかっていく。私は意志をもって生きるという生物的感覚を失いたくはない。これからは、人類の長い歴史の中で経験してきたことを「再び呼び戻せる環境」が大切になってくると考えています。建築が道具なのか、環境なのか、それはどちらでもいい。インダストリアルデザインがこれからの建築に期待するのは、自分が何者かを再認識できる場づくりですね。本来建築にはその可能性があると思っています。仮に利便性や機能性、快適性を基調とするオフィス環境であったとしても、つねに立ち止まって思考することのできる場であって欲しいと願います。そんな建築環境がいま創造できたならば、もっと大きな意味で、建築が「新たな道具」になる瞬間ではないでしょうか。

栄久庵は晩年、大量すぎる現代の工業製品を前に「少し道具を少なくして、そのぶん考える時間を持つべきだ」と語りました。たとえば茶室。三畳ほどの小さな空間で、ほんの少しの道具立てのなかで、五感を持って思考しながら自然を身体に刻みます。自然に回帰できる(いや、それを思考できる)場が、今、まさに求められているのではないでしょうか。

[写真提供(ポートレート以外):GKデザイン機構]

PROFILE

株式会社GKデザイン機構 取締役相談役

山田 晃三

やまだ こうぞう

1954年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部卒。79年GKインダストリアルデザイン研究所(現GKデザイングループ)入所。GKとマツダ株式会社との合弁によるGKデザイン総研広島代表取締役社長を経て、12年GKデザイン機構(GK Design Group Inc.)代表取締役社長。16年より現職。公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会理事、公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)Gマーク審査員フェロー。九州大学大学院芸術工学研究院非常勤講師。道具学会監事。

GKクループ http://www.gk-design.co.jp/


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