2019.03.05

R&D DISCUSSION Vol.07

環境建築・健康空間が経済を動かす 
ESG投資とウェルネスオフィス[前編]

田辺 新一 早稲田大学創造理工学部建築学科教授

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Q : なぜ近年、環境や健康に配慮した建築物への関心が一層高まっているのでしょうか?

A : ご存知の通り、環境保全や持続可能な社会への取り組みは、国際機関や先進国がリードする形で進められてきましたが、近年急速に注目度が高まったのは、世界の投資家の間で、企業の環境や社会への取り組みが大きな判断材料になり始めたからです。これが最近よく耳にするようになった「ESG投資」です。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を組み合わせたもので、この3つの基準で企業活動を分析して投資判断をします[図1]。つまり、これまでのように決算書で示される利益率などの財務情報だけでなく、「未」財務情報(今はまだ財務情報になっていないけれども、中長期的に見れば必ず重要になってくる要素、具体的には、地球温暖化や生物多様性、従業員の健康、女性の活躍、オフィスの快適性、情報開示などへの取り組み方)を見て、企業価値を測るということです。これらの要素が企業成長を後押しし、企業価値の将来性を高めることは世界的な常識となっています。努力目標や義務ではなく、利益を生み、ビジネスとして成立するので、一気に広がったわけです。

ESGという言葉は、2006年に国連が提唱した「PRI(Principles for Responsible Investment/責任投資原則)」に盛り込まれ、機関投資家の間で広まっていきました。かつては、環境や社会に配慮した企業経営はリターンが低く、環境建築は高コストだという否定的な見方もありましたが、2008年のリーマンショック以降、短期的な利益追求に対する反省もあり、今や欧米ではESG投資が大きな潮流となり、個人投資家の間にも広まっています。日本では2015年にようやく、世界でもトップクラスの機関投資家であるGPIF(Government Pension Investment Fund/年金積立金管理運用独立行政法人)が国連のPRIに署名し、ESG投資を始めたことで、風向きが変わりました。

さらに世界的には、ここ数年、化石燃料関連企業など環境に悪影響を与える事業を展開する企業から投資や融資を引き上げ(=ダイベストメント)、ESG投資に回すことがトレンドになっています。また現状、日本企業は環境配慮面では評価が高いものの、女性の活躍や英語での情報開示などの点で大きく遅れをとっていますが、今後は、CSRレポートなどでESGに関する取り込みが英語で書かれていないと投資しない、女性役員がいない企業からは融資を引き上げるという事例も増えてくるかも知れません。

Q : 具体的に、投資家は何を指標に投資判断しているのでしょうか?

A : 不動産会社などに関しては2009年に誕生した「GRESB(Global Real Estate Sustainability Benchmark/グローバル不動産サステイナビリティ・ベンチマーク)」が国際的なベンチマークとなっています。これは不動産1つ1つのサステイナビリティに対する評価ではなく、それを保有している不動産セクターやファンドのESGへの取り組み全体を評価するものです。評価項目は、社内体制や方針の制定状況、ESG情報の開示状況をはじめ、保有不動産を通した環境負荷削減への取り組みや、テナントとの環境・社会配慮の協働など、多岐に渡ります。GRESBは、環境や健康に配慮した建物の評価システムとして普及しているLEED(Leadership in Energy and Environmental Design)やWELL Building Standardと同じアメリカの団体が管理しており、このLEEDやWELLを含む環境性能認証の取得実績も含まれます。近年では、このGRESBの格付けが高い不動産投資信託(REIT)ほど運用パフォーマンスが良く、より高いリターンをもたらすという研究結果が示され、先ほどのGPIFもGRESBを参照しています。ここ1年で、海外のみならず、日本の不動産会社もこぞって格付けを取得し始めています。

実際に取得されたスコアの分布を2012年と2017年で比較すると、全体的に高水準へシフトしていっていることがわかります[図2]。各企業が保有不動産を省エネ改修したりして、スコアをのばしているのです。このような流れの中で何の努力もしないと、不動産の価値は下がっていく(=ブラウンディスカウント)一方で、いずれは「座礁資産」となってしまいます。

近年日本でも環境建築の不動産価値に関する調査分析が行われるようになり、環境に配慮したオフィスは賃料が高くてもテナントが入りやすく、特に中規模ビルにおいては環境性能の影響が大きいと言われています[図3]。国土交通省では現在、国内外からの投資を呼び込むべく、ESGに配慮した不動産ストックの普及促進に向けた取り組みを進めています。私もその中で、健康性や快適性を「見える化」するための新しい認証制度づくりをお手伝いしています。

[図1〜3:早稲田大学創造理工学部建築学科・田辺新一研究室提供]

PROFILE

早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科教授

工学博士(専門は建築環境学)

田辺 新一

たなべ しんいち

1958年福岡県生まれ。82年早稲田大学理工学部建築学科卒業、84年同大学院博士前期課程修了。84~86年デンマーク工科大学、92~93年カリフォルニア大学バークレー校。99年~早稲田大学理工学部建築学科・助教授、2001年~同教授(2007年改編により現職)。建築設備技術者協会会長、日本建築学会副会長、東京都環境審議会会長などを歴任。現在は空気調和・衛生工学会会長、早稲田大学スマート社会技術融合研究機構 住宅・建築環境研究所・所長を務める。


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