2019.12.11

R&D DISCUSSION Vol.23

「リノベーション」を通じて見る、これからのデザインプロセス[前編]

馬場正尊 建築家

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Q : さまざまな分野でご活躍されている馬場さんですが、共通して意識されていることは何ですか?

A : 社名の「Open A」の「A」はArchitectureで、「建築設計の領域を拡張・再定義していくこと」という目的を掲げています。よく、僕の設計は「編集的」だと言われます。自分の考えやスタイルを全面に打ち出していくような手法よりも、すでにある物事を再編集して状況に還元するという考え方のほうが、自分にはしっくりくるような気がします。

というのも、僕自身20代後半から30代前半にかけて編集者として働いていた時期がありました。学生時代にガリガリと設計に取り組んでいた僕は、卒業後、安定した給料を求めて博報堂に就職しました。広告の仕事を経験したことで、建築とは全く違う社会があることに気付けた経験はとても大きかったですね。博報堂時代は、メディアを持っている人を羨ましく思っていました。広告代理店は自身でメディアを持ってはいけないという暗黙のルールがあったのです。クライアントと競合するからなのですが、それでも僕はメディアを持ってみたいという気持ちが強く、休職して大学に戻り、博士論文を書きながら雑誌を立ち上げることにしました。その当時つくっていた雑誌が『A』(vol.1~13、文芸社、1998〜2002年)[写真1]です。

「A」はArchitectureであると同時に、Art、Anonymous、Anything、また物事の始まりとしてのAなどを意味しています。建築・都市とサブカルチャーをつなぐメディアをつくりたいという思いから付けた名前です。この時に気付いたことは「メディアは魔法の絨毯である」ということです。制作過程でいろいろな人に会いに行きましたが、どんなに大御所の方でも「本をつくります、取材をさせてください」と言えば、案外話を聞かせてもらうことができました。普通なら絶対会えないようなアニメ映画界の巨匠にインタビューして、東京の都市論を熱く語ってもらうということも叶いました。

その経験から、メディアは物事を動かすエンジンに成り得る、と気付いたのです。例えば、どれだけ頑張って書いた企画書でも、場合によってはろくに目も通してもらえないまま捨てられることがありますが、本にすれば捨てられる確率はぐんと減るんですね。だから、僕は何かやりたいことがあるときは、まず本をつくるようにしています。状況がぼんやりしているのであれば、それを具体化させる手段の1つとして本をつくる、といった具合です。レム・コールハースのとっている手法も、ヒントになっています。彼が企画書自体を本にしてクライアントに提示しているという話を雑誌などで読んで、リアルタイムで影響を受けていました。レム・コールハースも、もともとは新聞記者でメディア出身の建築家です。メディアはプロジェクトを動かすエンジンである、そういったことを『A』を制作する過程の中で実感とともに覚えていったような気がします。

[写真1]博報堂退職後、早稲田大学博士課程と同時期に編集長を務めた雑誌『A』(vol.1~13、文芸社、1998〜2002年)。

Q : 建築の設計を再開したきっかけは何だったのでしょうか?

A : 編集の仕事を経て、30代半ばで、もう一度建築設計をやりたいと思うようになりました。でも何からやって良いかわからなかった。そんな時はやはりまず本をつくるのですが、それが『R the transformers/都市をリサイクル』(共著、R‐book製作委員会、2002年)という本です。ちょうど街中に空きビルが増えていくことが懸念された「2003年問題」が話題となっていた時期です。当時はまだリノベーションという言葉も一般的ではなくて、数年前に、鹿島出版会の雑誌『SD』が初めて「東京リノベーション」(1999年10月号)という特集を組んだのを読んで、これなら自分にも何かできるかもしれないと思ったことが、僕のリノベーション設計のスタートでした。

まずは「魔法の絨毯」に乗ってアメリカに視察へ行きました。例えばロサンゼルスでは、チャイナタウンがアートストリートになったり、潰れた古本屋がおしゃれなカフェに改装されたり、閉店したデパートが子ども向けのワークショップギャラリーとして使われたり、今では日本でも一般的になったコンバージョン(用途変更)が盛んに行われていました。しかも、どこもものすごくたくさんの人でにぎわっていたんです。シカゴの分譲アパートに至っては、コンバージョンの物件が新築の物件よりも高く取り引きされていました。日本とはマーケットの捉え方が全く違うことを強く感じるとともに、建物の持つ背景やストーリーが人を惹きつけることに気がつきました。つまり、建物が持っている物語はデザインに還元できる。当時はうまく言語化できませんでしたが、これが次の時代の美しさだというような、未来を感じたんです。

そのような様子を目撃すると、当然自分でもやりたくなります。最初のリノベーション実作は、自分のオフィスでした。1階が駐車場、2階が食品倉庫として使われていた安い空き物件を見つけて、仕事場に改造しました。この「untitled」(2003年)[写真2]は作品と言っていいのかわからないようなものですが、これのおかげでものすごく仕事が増えました。どんなに小さくても、1つプロトタイプがあれば、その後の物事は動くということを実感しました。

この空き物件を探すプロセスの中で思いついたのが「東京R不動産」[写真3]です。写真と文章で空き物件を楽しく紹介するメディアで、ふつうの不動産屋は扱わないような、誰が借りるんだろう?みたいな空き物件を綴った僕の個人的なブログだったのですが、それが少しづつ大きくなって、不動産仲介もするようになり、今に至ります。古い物件を「レトロな味わい」と言い換えたり、こんな使い方はどう?と付け加えたり、説明の仕方をちょっと工夫するだけで物件の価値がグンと上がります。都市に眠る潜在的な価値を見出すことを目指して運営していますが、これも「編集」ですよね。このWebサイトは、リノベーションというマーケットをつくるためのエンジンとなり、Open Aにも少しずつ仕事が来るようになります。

Q : 初期のプロジェクトについて教えてください。

A : 中央区勝どきに靴の製造・輸入販売メーカーのオフィス「THE NATURAL SHOE STORE KACHIDOKI」(2007年)[写真4]をつくりました。これも日課となっていた空き物件探しで偶然見つけた運河沿いに建つ巨大倉庫で、デザイン操作はフローリングを張って、ガラスの箱を置く、ただそれだけです。『新建築』に初めて掲載されたリノベーション物件ではないかと思います。この物件には面白いエピソードがあります。このオフィスは、とあるオフィス空間の賞に応募したのですが、審査員が視察に来て「これはオフィスとして認められない」と、ノミネートから外されてしまったのです。その直後に、ドイツの有名な靴メーカーが日本における総代理店を探しに、このリノベーションしたオフィスに下見に来た際、「御社のような心地の良いサンダルは、このような心地の良い空間で扱うのが良いと考えております」と説明をしたところ、「それはもっともだ」とその場ですぐに代理店に決まったそうです。これは、価値観が逆転する瞬間でした。この物件は、僕が「働く空間」を考える時の原点のような存在です。

また、産経新聞が所有していた印刷工場を、クリエイターが集まるオフィス、スタジオ、カフェ、商業が入り混じるコンプレックスにコンバージョンしました。この建物ではもともとタブロイド紙が印刷されていたので「TABLOID」(2010年)[写真5]と命名しました。このプロジェクトではコンセプトに「Building as Media」を掲げ、ロサンゼルスで経験した「建物の物語を語る重要性」を強く意識していたので、役員の方々に対する最終プレゼンでは「新聞社であるみなさんは、このプロジェクトをおそらく副業として捉えているかも知れません。ここはさまざまな人と人が出会う場に生まれ変わります。人が出会った時に交わされる情報量は圧倒的に多い。つまり、この建物は新しいメディアになるということ。副業ではなく本業なんです」という話をしました。もともとメディアを生産していた場所が、新しいメディアを生産する場所になるというレトリックがあったことが、役員の方々の心を動かす必然性につながりました。建物の歴史をきちんと継承する、というプレゼンがリノベーションでは非常に重要だと考えています。

[写真1・2・4・5:Open A 提供]

PROFILE

建築家

株式会社Open A代表取締役、東京R不動産ディレクター、東北芸術工科大学教授

馬場 正尊

ばば まさたか

1968年佐賀生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修士課程(石山修武研究室)修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2003年オープン・エーを設立。 都市の空地を発見するサイト「東京R不動産」を運営。東京のイーストサイド、日本橋や神田の空きビルを時限的にギャラリーにするイベント、CET(Central East Tokyo)のディレクターなども務め、建築設計を基軸にしながら、メディアや不動産などを横断しながら活動している。


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