光で未来を変えていく 環境配慮型新本社ビル
光学機器メーカーであるニコンが100年以上にわたり拠点を構え、さまざまな製品やサービスを生み出してきたゆかりの地に事業・開発・コーポレートなどの各部門を集約した本社/イノベーションセンターです。執務室だけでなく、ホール、ダイニング、ラボ、企業ミュージアムなどを有する、社内外の新たな交流と創造の場となります。

水平ラインが印象的な外観は、『光で未来を変える』同社に相応しいものとして、日射を抑制する奥行2.4mの水平庇と反射光を取り込むライトシェルフによって構成されています。この水平庇の内部を空調ダクトのルートとして活用することにより、将来の変化にもフレキシブルに対応できる、高い天井高の無柱のオフィス空間を実現しました。
魅力的な執務空間を成り立たせながら、建物全体の消費エネルギーを大幅に削減し、ZEB Readyを達成した本プロジェクトを紐解きます。

オフィス空間・光環境とマッチした最適な空調方式を考える
PC床版の現し天井による特徴的な無柱の空間を、16×160mという広さで実現すること、将来の変化にフレキシブルに対応するために下がり天井をつくらないこと。空調設計の上では、これらの実現が大きなテーマとなりました。
この難題を解決するため、何パターンもの空調方式を検討しました。一般的な天井吹出方式の場合、天井面にダクトを展開させることが必須となるため、PCスラブ現し天井の持つ意匠性が損なわれてしまいます。一方、コアンダ効果を利用した壁吹出方式とすると、気流を遮らないように天井まで間仕切りをつくることができないので、将来の変化への対応が難しくなってしまいます。
そこで、意匠、構造、設備の各設計者が集まって議論を重ね、各階の四隅に床吹出空調用の空調機械室を配置し、水平庇内を空調ダクトルートとして活用する「庇ダクト型床吹出空調システム」を計画することにしました。

床吹出方式は、居住域のみを効率的に空調できるため省エネ性が高く、増移設が容易な空調システムです。これにより、将来のオフィスレイアウトの変更にフレキシブルに対応できるという利点があります。
その一方で、この空調方式はOAフロア内全体を加圧するものであるため、エリアごとの風量制御が難しいという課題がありました。そこで、本計画では水平庇内を通じて建物外周に展開するダクトから、スパン毎にペリカウンター内に分岐ダクトを設置し、そこにVAV(可変風量装置)を設けることで、各ペリメータゾーンの熱負荷の状況に合わせて風量を制御できるシステムとしました。
将来の変化に柔軟に対応できる特徴的な空間を、省エネ性の高い空調システムで構築できたと考えています。

風量調整された空調空気が床吹出口を経由してオフィス内へ。
理想を精緻に実現するための「設備の監理」
設備設計の仕事は、机上での設計で終わりではありません。「庇の内部をダクトルートにする」という前例のない納まりを実現するために、非常に難易度が高い現場での検討が続きました。
ダクトの材質や施工手順、保温の仕方や吊り方といった設備分野の課題に加えて、庇内の止水やダクトと外装受材の取り合いをどう解消するか、外装工事と並行しながら、いつのタイミングで施工するか……など、施工者やメーカーの方々とともに何度も検討と議論を重ねていきました。
床吹出口の配置は、OAフロア内の気流解析を行い、その結果と什器レイアウトを照らし合わせながら検討していきました。しかし、実際の風の流れはなかなかシミュレーション通りにはいきません。空調試運転の際に吹出風速が弱かったところにはファン付きタイプの床吹出口を設置して増強し、逆に強い箇所にはガイドベーン(整流板)を設置して気流の拡散を図るなど、施工者と最後まで手探りの微調整を行いました。
また、ここでは天井のPC床版の隙間を空調のリターン(還気)と排煙用のスリット開口として活用する天井チャンバー方式の空調・機械排煙システムを計画し、置換換気による完全ダクトレスな執務空間を実現しました。
水平庇やPCスラブといった建築デザイン・構造的機能として必要なものに、空調の仕組みをうまく統合させることで、魅力的かつ機能的な執務空間が実現できたと思います。

PC床版の間に設けられる隙間は、排煙スリットのほかにもLEDライン照明の設置スペースにもなっています。
延床面積40,000m2超でZEB Readyを達成
一般的に、建物規模が大きくなればなるほどに空調の熱搬送にかかるエネルギー消費量や必要な設備も増えるため、ZEBの達成は難しいとされています。世の中には大規模複合オフィスでZEBを達成している事例もありますが、そのほとんどが事務所用途の箇所のみを対象とし、エネルギー消費量の大きい商業用途の箇所などを除いた部分認証となっているのが実情です。
本計画では水平庇やライトシェルフ、自然換気などのパッシブデザインと、庇ダクト型床吹出空調システム等のアクティブデザインを融合して省エネ効果を最大化することで、事務所用途のみならず、社員食堂やラボ、コンビニ、ミュージアム等を含む建物全体でZEB Ready※認証を取得しました。


2024年5月17日付。
Designer's Voice

機械設備設計部 / 2018年入社
角田 光陽
Koyo Sumida
「『設備設計』という言葉には『言』が3つも入っているように、この仕事はコミュニケーションが全てだ」入社して右も左もわからない時に上司から言われた言葉です。基本構想から竣工まで丸4年半担当した本プロジェクトは、施主、社内の他職能、施工者、メーカー、行政といったさまざまなステークホルダーとのコミュニケーションなしでは実現できなかったもの。この言葉の意味を痛感しています。
チャレンジングな建物だったため、合意形成を図ることに苦労する場面も多々ありましたが、社内外の多くの方々に支えていただき、竣工後に各所でご評価をいただけたことが、設備設計者として大きな糧になっています。
※所属はプロジェクト担当時点

Data
物件名 | ニコン 本社/イノベーションセンター |
---|---|
敷地面積 | 約18,000 ㎡ |
規模 | 地上6階、塔屋1階 |
竣工 | 2024年5月 |
設計・監理 | 三菱地所設計 |
所在地 | 東京都品川区西大井1丁目5 |
延床面積 | 約42,000㎡ |
構造 | S造、一部RC造(免震構造) |
主要用途 | 事務所 |
施工 | 安藤・間 |
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