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日本では「造園」と訳されることがまだ多い「ランドスケープ」。しかし、その本来あるべき姿は、自然資源と人間社会とのバランスを取りながらデザインしていくことにあります。今回は、この社会と環境のバランスを取る新たな手法として注目されている「ネットゼロウォーター」に焦点を当て、それらを実践しながら幅広く活動されているoffice maのオウミ アキ氏に話を聞きました。(収録:2022年5月)


常にプロジェクトに近いところへ

事務局

三菱地所設計は、オウミさんと東南アジア地域での某マスタープランプロジェクトでの協業を行っています。当社との関わりはどのように始まったのでしょうか。

オウミ

2003年頃、私は米国最大の都市計画・ランドスケープデザインの組織事務所であるEDAW東京ミッドタウン」の設計に携わっていました。当時、栗林茂吉さん(現三菱地所設計 都市環境計画部長)と知り合い、以後、来日の度に情報交換を行ってきました。
2009年EDAWAECOM米国の総合エンジニアリング会社に吸収され社員数3万5人の規模事務所になったのですが、プロジェクトに近いところに身を置き続けたい感じ2013年に独立、サンフランシスコでoffice maを設立しました。現在は、サンフランシスコと東京(2019年)の2拠点でランドスケープをメインに仕事をしています。
東南アジアでのプロジェクトでは、初期段階において全体のランドスケープと主要な公共空間のプレイスメイキングを提案し、基本設計段階ではローカル事務所の設計に対するデザインレビューを、マスタープランナーである三菱地所設計チームと協力して行っています。

事務局

オウミさんは、ランドスケープアーキテクトではなくてクリエイティブ・ディレクターを肩書きとしていますね。

オウミ

ランドスケープ分野かなり多様化しつつあり、ランドスケープアーキテクトという肩書だけでは扱うべき領域を取り込めないのです。組織のリーダーとして自分の立ち位置を限定せず物事を捉えるため、会社の役割、ランドスケープの役割を最大化するためこう名乗っています。
私たちは、建築や土木といった専門分野の枠にとらわれず、その境界を超えて、人が利用する空間全体をシームレスにデザインすることを重視しています。三菱地所設計との協業では、建物と外構、そして人びとの動線を一体化する役割を担い、全体として調和の取れた空間づくりに取り組んでいます。

柔軟なフレームワークでデザインプロセスを支える

事務局

office maのmaに込めた意味を教えてください。

オウミ

「間」という言葉は時間空間的な観点に限らず、私がハーバード大学デザイン大学院で学んだランドスケープアーバニズムのアプローチの面でも、実にランドスケープの本質を捉えた言葉です。その本質プロジェクトを取り巻く複雑かつ多様な要素を整理し全体像を理解したで、それらの関係性をたに再構築すること」「これにより、その場に新しい価値を見出し、理想姿に近づけこと理解されますが、その各要素の関係性こそ「間」だと思うです。
同時に、重要なランドスケープアーキテクチャーの立ち位置とは、さまざまな専門分野ので動くことだと感じ、社名としました。

仕事をする自分の専門分野逆に相手の領域から見たときにどう見えるのか、何を求めているのか、という「分野の境界への意識が重要です。そうしなくては包括的な視点からの提案はできないからです同様に、地形やその上を流れる水、空気人の流れなど、途切れのない要素にど境界を設けるかあるいはつなぎ合わせるか、これがランドスケープの本質です。
ところが、
日本でランドスケープ「造園」と訳しています。園」という漢字それ自体が囲いをつくっています。本来、枠組みや境界を外すこと可能性が広がっていくはずなのに、言葉自体がそれを閉じ込めてしまっているのです。

事務局

クリエイティブ・ディレクターという肩書きにも関係していそうですね。

オウミ

この肩書があれば何でもできるという意味ではなく、場所の特性を捉える上で、一見ランドスケープに関係のなさそうなことまで視野と思考を広げてみることは重要です。これは、デザインのフレームワークの構築の上で効果的なステップです。

事務局

冒頭で触れた東南アジアのプロジェクトでは、参画いただいた2020年頃に構築したフレームワークは今なお健在です。オウミさんたちの特徴として、プロジェクトの基礎となる与件をいち早く整理し、ブレないフレームワークを確立する点が挙げられると感じます。

オウミ

プロジェクトをめるかたちのデザイン(What)から入るのではなく、まずはその場所の意味や扱うべき要素(Why)を探します。これがフレームワークの構築です。その位置付けが整理できてこそ、本来あるべきかたち生まれます
これは長年の経験鍛えられたものです。担当者の入れ替わりが激しい中国のプロジェクトでは、そのに「違うデザインが見てみたい」となり、本質的な場所のり方」ではなく「かたちの議論陥りがちです。その確固としたフレームワークがあれば、そこに立ち返ることで「かたちを変えてくれという議論は大抵なくなるこれはデザインプロセスマネジメントする武器であるとともに、本来その場所にあるべき姿や唯一無二のストーリーみだすoffice maのアプローチでもある。

最初のストーリーテリングを上手く行えばクライアントしっかりと興味を示してくれます。ひとつの想いを共有して、チーム方向性明確し、信頼関係構築していくのです。

事務局

フレームワークと合わないかたちを肯定するような動きは生まれないのでしょうか

オウミ

フレームワーク自体は必ずしもかたちを限定するものではありません。プロジェクト毎に異なりますが、あまりにも柔軟性のないガチガチのフレームワークは機能しません。時には思想的なものがフレームワークとなることもあります。地形複雑さが特徴的なプロジェクトでは、それがフレームワークの重要な因子になる場合もあるでしょう資金がない場合には、お金の循環の仕組み考えることがフレームワークの根幹なるかもしれません。
そもそもデザインプロセスは実際にはそれほど直線的なものではなく、行ったり来たりを繰り返すことも多々あります。フレームワークにはこうしたプロセスを支えられる柔軟性を持たせることが大切です


「グローバルの視点」でローカルを見ていくこと

事務局

グローバルなプロジェクトが多い中、その国の特性や気候、植生などのローカルなコンディションをデザインに取り入れる方法について教えてください。

オウミ

「その土地の方々とともに仕事をする」ことも重要ですが、同時に私たちが提供できる価値は「外の視点でその場所を見ること」です。プロジェクトが行われるローカルの土地・地域の専門家になることはできませんが、その場所を外から見ること、つまりローカルとグローバルを上手くつなげることが、私たちの得意とするところだと思います。逆に、自分たちの住んでいる所では、知りすぎていたり、先入観や視点が固定されすぎて、あまりうまく進められないかもしれません(笑)

プロジェクトの始動期には、なるべくたくさんの人と話し、ランドスケープに直に関係ないことにも耳を傾けます。考えるきっかけをインプットすることは、視点を開く重要なプロセスなのです。今日はいろいろな手段で多くの情報が手に入りますが、それらの情報を見分けることが最も重要です。ひとつを深掘りするよりも、まずは各所に手を広げ、そこから可能性のありそうな情報を早く見極めてつなげることを心がけています。

消費のスピードに乗らず、時間とともによくなるものを

事務局

ランドスケープは季節に応じて変化したり、その後、成長あるいは縮退していくものです。完成した瞬間に終わりという考え方ではありませんよね

オウミ

中国の長沙(チャンシャ)という急成長していた都市での「In the FOREST」(2015年)というプロジェクトは、住宅・商業施設・オフィスからなる約7ha複合商業施設です。現地では同様の規模のプロジェクトが半径5kmぐらいの地域の中で複数進んでいました。こうした状況では新しい施設の価値が一番高いので、運が悪いとオープンから3カ月後ぐらいには隣に新しい施設ができてしまいます。私たちは、この場所自体が消費されてしまわないように「オープンからどんどん時を重ねて、プロジェクトのアイデンティティがどんどん濃くなり、よりよくなっていく」ものをつくりたい、とクライアントに提案しました。開発の真ん中に大きな緑地をつくって、徐々に森になっていく計画です。
既にいろいろな住宅タイプが計画されていました。ファミリータイプの住宅や富裕層向け高層タワー、低層・中層のSOHO的な住宅オフィスなどがありましたが、当時の中国では多様な住宅を単体のプロジェクトで混在させることはあまり見られませんでしたね。棟間で経済的な格差が生まれてしまうので、中心に置いた森がバッファとなり、これらを共存させています。多様な人びとが住むことが、その場所をよりよくすると思ったのです。ファミリータイプで育った子どもが起業してSOHOに移る、成功して高層棟に移る、という「人の暮らしの流れ」も考え、時間とともに成長する場所を計画しました。

「In the FOREST」(写真:office ma)

先入観を捨て、よりオープンに、柔軟に

事務局

クライアントと共鳴するテクニックがあれば教えてください。

オウミ

プロジェクトのなるべく早い段階から関わることでしょう。色々なことが決まってからると、「私たちでなければならない理由」見つからないこともる。早期からの協働信頼関係や連携も育まれるかなと。
ここで
重要なのは、相互に先入観を持たず、多様な視点を持ち、視野を広げること。クライアント自身も見えていないこと、私たちも経験したことないこともあり、そのプロジェクトチャレンジできることがもっとあるのでは、と思うですこうした議論を行うと、互いに説得し合わずとも一緒に進めてきたという共通の想いで前向きにプロジェクトが進みます。
過去、とてもよいかたちになったプロジェクト「仕事になるか分からないが、こんな課題があるので一緒にワークショップをしてくれいう話からスタートしました。日本ではなかなかない仕事の始まり方です日本の事業者はまず自分たちだけで考えて、ある程度固まらないと社外の人を巻き込まない。よりオープンで柔軟になれば、いろいろな可能性が開けるでしょう。あれこれ決まった後でじゃあ外構は……」と話が来ることも多いのですが、もっと違う関わり方があるべきだと思うことはあります。そこはちの課題でもありますね。

事務局

フレームワークの構築やチームのマインド形成などについて伺ってきましたが、日本の組織設計事務所が海外で活躍できる組織を目指す上でのヒントを伺って、インタビューの前半を締めたいと思います。

オウミ

三菱地所設計の皆さんと協業する中、さまざまに熱い想いを持つ方が沢山いて、多様なキャラクターの集まりであることに気づきました。組織で働いていると、なかなか個性が見えてこないのは日本人、日本企業の特性かもしれません。全体の大きなチームになったとき、その個性がうまくクライアントに伝わらなかったり、プロジェクトに生かされなかったりするのは残念です。
海外の設計事務所は、パートナーレベルの人がすごく個性を持っており、クライアントの心を掴むのが上手な印象があります。こうした一面は、もちろん日本でも見られるとは思うものの、日本ではどちらかと言えばチームワークが表に出てくることが多いと感じます。ですから、このチームワーク自体にもっと個性が見えてくると、海外とは異なる「組織としての強さ」が出てくるかもしれません。
国によっては、クライアントが設計事務所にカリスマ的なリーダーシップを求めることもありますが、そればかりが必ずしも正解ではないでしょう。中国や韓国は「責任者が誰か」に強く引っ張られるところがあると感じますが、フィリピンやタイでは、クライアント自身もチームメンバーとして発言し、議論したりする。こうした文化圏と、三菱地所設計のような日本の設計事務所は相性がよさそうですよね。私自身の経験に基づく見解です
(笑)

事務局

当社の今後の海外展開における組織づくりの重要なヒントですね、どうもありがとうございました。

後半では、新たな水資源管理の概念であるネットゼロウォーターや、社会と環境の新しいバランス、そこでのランドスケープの役割について聞きました。

PROFILE

office ma 代表

オウミ アキ 氏

Aki Omi

16歳で交換留学生として渡米し、その後30年以上にわたり米国に在住。オハイオ州立大学でランドスケープ・アーキテクチャーを学び、ボストンにて3年ほどアトリエ事務所に勤務。その後、ハーバード大学Graduate School of Designにてランドスケープ・アーバニズムというアプローチに出会い、プログラムの2年目に友人と共に独立。ランドスケープ・アーバニズムを実践するオフィスとして「S to SS Landscape Urbanism」を設立。その後、サンフランシスコのEDAW、AECOMを経て、2013年「office ma」設立。2019年より東京にも拠点を置き、現在に至る。

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Update : 2024.05.21

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