
日本では「造園」と訳されることがまだ多い「ランドスケープ」。しかし、その本来あるべき姿は、自然資源と人間社会とのバランスを取りながらデザインしていくことにあります。今回は、この社会と環境のバランスを取る新たな手法として注目されている「ネットゼロウォーター」に焦点を当て、それらを実践しながら幅広く活動されているoffice maのオウミ氏に話を聞きました。(収録:2022年5月)
サイトに応じた最適な方法での水資源管理「ネットゼロウォーター」
事務局
本日のメインテーマである「ネットゼロウォーター」について伺います。これはまだ新しい概念として、一般的には「雨水や建物で使った水などを緑地に集め、緑地と土壌を使って濾過し、再利用する仕組み」といった意味で理解されています。
オウミ
その通りですが、これは大きくは水資源の管理の話です。人口増加や経済環境の変化で、水の消費量は100年前の約6倍までに膨れ上がり、現代は水を大量に使う社会になっています。このまま人口が増えて都市化が進めばなおのことです。ネットゼロウォーターは、こうした状況の中で、自然水を活用した水資源の「質と量の確保」「保全・保護」を図る考え方です。
その実現においては、水の消費量を最小限に抑えたり、水の供給源を多様化させること、再生水や雨水を再利用することが手段として挙げられます。汚水の排出量削減や、使った水をもともとの供給源へ戻すことも考えられるでしょう。
「最適な方法での水資源の管理」という課題は共通しつつも、その解はプロジェクト規模や、その国・地域によって違います。先ほどの東南アジアのプロジェクトを例とすると、当地では伝統的に、水は親しみ深い存在として生活の中心にあり続けてきました。しかし、都市化の進行で急速に地盤が沈下し、気候変動による洪水・水害の原因にもなっており、水は生活を脅かす危険な要素と化してしまった、という背景があります。今後、より広域のエリアが水没するリスクがあるとされる当地では、今回のような大規模プロジェクトだからこそ可能なことがあると考えました。従来の手法に捉われず、パイロットプロジェクトとして、都市が抱える問題への多様な解決策を示すことが、大規模プロジェクトが持つ使命であると考えたのです。
こうした意味では、三菱地所設計には建築・都市・環境・エンジニアリングそれぞれの専門家がいて、幅広い視点で包括的なマスタープランを検討できたのは素晴らしい経験でした。新しい都市をつくる中でも、既存の都市が抱える問題をしっかりと扱うことはマストです。ここでもさまざまな解決策を考えることができました。また、多種多様な専門家が各国から加わっているプロジェクトとして、私たちは海外からの技術・経験を紹介する役割も担っていました。まだ新しい考え方であるネットゼロウォーターは、そのソリューションが必ずしも既存のルールと一致しないこともあります。これを課題として捉え、デザイナーやエンジニアとのコラボレーションで解決策を提案していかなくてはいけません。
事務局
エリアの付加価値向上につながりそうですが、新たな提案が受け入れられるには時間がかかります。
オウミ
これは私たちデザイナーの責任とも言えるでしょう。思想や仕組みがその場所のアイデンティティとなり、集客や資産価値向上につながる……というところまでデザインで解き切ってあげなくてはいけません。単に「環境負荷を下げる」というだけでは、事業者側はコストの側面しか見てくれませんから。
こうした際に、最新テクノロジーを使えば維持・管理面のコストカットの可能性は十分にあると思います。しかし、技術進歩と法改正の速度にはラグがあって、「機能上は新技術で十分なのに、既存の法規に従うとコストが二重にかかってしまう」場合もありますよね。こうした場合はパイロット(先行試験的)プロジェクトと位置付け、うまく回避したいですね。
例えば、以前、EPA(米国環境保護庁)のファンドで土壌汚染の浄化プロジェクトを行った際は、「新たなアプローチを実験的に試すこと」が目的とされたので、基本的な規則は守りつつも解き方に自由度があり、ソリューションのリサーチ、デザインの新たなアプローチを積極的に行うことができました。日本でもこうした「リサーチ・ベースド・デザイン」への投資があると可能性が広がると思います。
小さな提案でも都市全体との関係を考える
事務局
日本では、「水の管理」は特に都心部の再開発や、改修のような小規模プロジェクトで求められることが多いように感じます。
オウミ
こうした既存の都市で課題に挑む際は、プロジェクトを「個別の」「小規模な」ものと捉えず、効果をより大きく捉えるためにシステマティックに考える、つまり「都市が抱える課題を、ひとつのタイポロジー(類型)として考える」ことが重要になります。ひとつの小さなソリューションを、同様のタイポロジーとして、多様な場所で展開できます。
ネットゼロウォーターの文脈で言えば、日本でも「グリーンインフラ」という概念とともに、「レインガーデン(降雨時に雨水を一時的に貯留し、時間をかけて地下へ浸透させる透水型の植栽スペース)」という言葉を最近よく耳にしますね。サンフランシスコでもいろいろな所につくられていますが、個々のレインガーデンは小さくても、総量としてたくさんあれば、大きな問題の解決につなげられる。グリーンインフラは都市構造として、アーバンデザインのひとつの重要な要素なのです。
ひとつひとつは小さなプロジェクトでも、「そもそも、その都市が抱えている問題とは?」「コンテクストの中ではどんな位置付けか?」「どんなタイポロジーとして考えられるか?」「どうしたら大きいものとの関係性をつくれるか?」を考えられれば、インパクトのある結果を引き出せるはずです。ゆえに、アメリカでは民間に対してグリーンインフラの整備に助成金や税優遇などを設け、積極的な導入を促しています。行政自らも道路の脇や既存の公園内にこれをつくっていますね。
事務局
日本の行政は「グリーンインフラの機能が定量化できない」ことを気にしています。下水道の負荷軽減について話していても「グリーンインフラも一応は貢献してくれたらいいとは思うが、下水は下水でしっかりつくるから……」という考え方です。
オウミ
アメリカは、ほとんどの都市で、都市インフラをアップデートする予算がないのです。日本も徐々に余裕のある行政は減っていくはずです。今は、グリーンインフラと通常のインフラの両輪で問題解決を図っていますが、機能不全に陥った時、「両方とも一生懸命やってこなかった」となるともう手遅れです。海外からは、日本はとても危機感がないように見えてしまいます。
事務局
加えて、日本の行政の縦割りもまた課題となっており、類型化して別場所で展開する、といった包括的な課題解決を図るセクションが希薄です。アメリカではどうですか。とても視野の広い下水担当者や、公園課と下水道課のつなぎ役のような人がいるのでしょうか。
オウミ
サンフランシスコ市を例に挙げると、レインガーデンを推進しているのはSFPUC(San Francisco Public Utilities Commission)という公共インフラを扱う部署です。予算が大変厳しい中、「都市インフラの老朽化」に対して「既存インフラへの負担軽減」の術を模索しています。従来の手法は将来的に持続できないと分かっているので、視点を変えているのです。
都市のマスタープランもよい例でしょう。今日、地球温暖化や気候変動が注目される中、海面上昇もまた、本来はマスタープランで扱わねばならない要素のはずですが、これまでの都市計画の考え方では解き切れません。新しい方法を考える必要があるのです。これは陸と水の接点への提案になりますが、単に堤防をつくるだけではなく、オープンスペースと一体で整備するような魅力的な提案を考えるのです。最近ではこうしたコンペを行政が主催していたりします。
社会と環境の「新しいバランスのあり方」へ
事務局
ネットゼロウォーターの話にも通じますが、オウミさんは「自然資源と人間社会とのバランスを取る上でランドスケープ・デザインが重要だ」と繰り返し語られてきました。
オウミ
自然資源・自然環境と人間社会は、これまで二項対立的に考えられてきました。これからは、これらふたつのシステムを共生させていかねばなりません。サステイナビリティという言葉がすごく流行りましたが、この言葉はまだ二項対立に捉われた考え方で、「社会が環境に対して悪影響を及ぼしている」「その悪影響をなるべく抑え、持続可能な社会を実現しよう」という考え方だったと思うのです。よくて現状維持で、それ以上よくはならない。
そんな中、リジェネラティブ(Regenerative)という言葉が話題になっています。これは、二項対立型ではなく、もっと社会と環境がインテグレート(統合)され、循環し、どんどん進化していくような考え方として、大きな可能性があると考えています。
加えて、最近気になっているのが『ハイブリッド・エコシステム』です。これはワシントン大学でアーバン・プランニングを教えているマリーナ・アルベルティという方が提言しているもので、「都市の生態系は、すでにハイブリッドだ」ということです。今日の都市における生態系は、人間社会や技術と自然が複雑な相互関係を持ちながら生み出した環境であり、二項対立型ではなく、既にそれはインテグレートされたものだと彼女は捉えています。もしそれが都市の生態系のあり方ならば、従来のような考え方で都市を考えることには無理があり、新しい手法が必要になってくるだろう、今までのように制御することを目指すのではなく一定の不確実性を受け入れ、都市の構造や関係性を計画していくことが重要だ、と彼女は言っています。
正直まだ消化しきれていませんが、私はすごく面白い考え方だと思います。都市の中での自然や、社会・人間・自然の関係性、未来の技術も加わり、ひとつの都市像として新たなかたちが出てくるのではないか、ということを踏まえると、「社会」「環境」双方へのアプローチとしてのリジェネラティブすら、結局制御を前提としている視点であることに気づきます。そういう意味では、「バランスを取るべき指標」ではなく「バランスのあり方」自体、今までとは異なる関係性があり得るように思います。
事務局
例えば、こういう東京の都心の自然も既にインテグレートされたものだということなのでしょうか。
オウミ
二項対立的にエコロジーを考えると、「人間が自然界に介入すると、自然の質が落ちる」という構図があります。しかし、都市の中の自然は人間がつくったり管理しているものが多く、エコロジストが見ている自然界のルールではそもそも成り立っていないのではないか。現実はすでにハイブリッドなエコシステムなのに、今の都市計画はまだ二項対立的に自然を見ており、こうした観点に基づく「自然」にはあまり意味がない……、と彼女は言っているのではないかと。
二項対立で、「自然=すごくワイルドなもの」という捉え方をしているから「制御が必要だ」という発想になります。すでに都市の中では人間がコントロールしているのではないかと。しかし、これは怖いことで、人間が自らの価値観・目的のために自然のかたちをいろいろに変えられることも、彼女は提言しつつも心配しています。彼女が求めるソリューションは「関係性をちゃんと捉えた上で、人間の文化をもっと高めること」。人間が自分勝手に自然のかたちを変えていくのではなく、もっと包括的に本来あるべき姿を考えるべきだと言っているのです。
デジタル化で逆に生まれる「リアルな場所の魅力」
事務局
銀座中央通り沿いの花壇を使ったランドスケープ・アーティストらによる競作「Ginza Exotic」では、office maは気候変動による温暖化をテーマに、熱帯の植物で通りを華やかに彩ると同時に、その進行への警鐘を鳴らしました。ここではICT技術の活用として、QRコードを用いた公共空間での情報発信も行っています。空間的なハードのデザインから情報発信へとつながる仕掛けづくりはランドスケープの世界でも増えていますか。
オウミ
まず思うのが、最近いろいろなプロジェクトで「つながる」という言葉が見られるようになった、ということです。社会の中で多様性がとても重要視され、これが生み出す可能性にすごく皆さんが着目しているのだと思います。ただ、「多様性を受け入れる」ことは、それらを受け入れ、理解し合い、つながることではじめて意味が生まれると思うのです。ランドスケープはパブリック性の高い仕事です。パブリックという概念自体が、周りに開かれ、かつ個々がつながることを意味しているので、「多様な価値観を持つ人が、どれだけ個々の価値観や視点を共有し、理解し合えるか」は常に考えるべきことだと思います。人びとの視野が広がるきっかけをつくることや、通常交わらないような世代や人種が違和感なくいられる環境をつくることも重要です。こうした意味で、今後このように社会が「つながる」ことを求めているのかなという気はします。

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事務局
二項対立における要不要ではなく、とても示唆に富んだご意見を頂いたように思います。今日はどうもありがとうございました。
PROFILE

office ma 代表
オウミ アキ 氏
Aki Omi
16歳で交換留学生として渡米し、その後30年以上にわたり米国に在住。オハイオ州立大学でランドスケープ・アーキテクチャーを学び、ボストンにて3年ほどアトリエ事務所に勤務。その後、ハーバード大学Graduate School of Designにてランドスケープ・アーバニズムというアプローチに出会い、プログラムの2年目に友人と共に独立。ランドスケープ・アーバニズムを実践するオフィスとして「S to SS Landscape Urbanism」を設立。その後、サンフランシスコのEDAW、AECOMを経て、2013年「office ma」設立。2019年より東京にも拠点を置き、現在に至る。
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Update : 2024.05.21