
2025.02.26
新しいまちづくり勉強会 Vol.03
関係性に見る都市の変わるもの/変わらないもの
「新しいまちづくり」の環境色彩デザイン【前編】
有限会社クリマ 代表取締役社長 加藤 幸枝 氏
まちにおける「図と地」の両方に深く関わる色彩や素材は、都市スケールからヒューマンスケールにいたるまでの幅広い視点で捉えるべき、重要なファクターです。まち全体をつなぐ「環境色彩デザイン」を専門として、様々なスケールの視点・立場で活動を行う加藤氏。行政の景観協議の委員としての立場をきっかけに、当社との関係が始まりました。学生時代から加藤氏と交流のある社員も参加し、三菱地所設計 都市環境計画部がまちづくりに携わる大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアを歩きながらのフィールドインタビューの様子をご紹介します。(収録:2021年12月)
変化しないものがあるから、変化するものが美しい
事務局
まずは、これまでの活動について伺います。
加藤
学生時代に「環境色彩デザイン」という分野に出会い、一度、素材やかたちから色を切り離して「色を色として見る」リサーチ手法とその応用に面白さを感じました。建築物はそのプロポーションや形態に目が行きがちですが、それが建つ地域や、部位ごとに色を抽出し、再構築したカラーパレットを新しい計画に還元する方法論です。
アースカラーは「面白みがなく地味」だと言われることがありますが、実はそれが大切な『地』をつくっています。『地』をつくる「土木」はまさに、「土」と「木」からなる言葉。変化していく『図』のために、変化しない『地』を考えることはとても重要です。変化しないものがあるからこそ、変化するものは美しく見える。こうした色同士の良好な関係性の構築を目指すのが環境色彩という分野です。
「素材の居場所は構造が決める」という言葉がありますが、それに倣うと「色の居場所は素材にある」。自然界では、花や昆虫や動物など、鮮やかな色は命あるものが持ち、地表面の近くにあります。これらが人の目線より上で大きな面積を占めることはありません。こうした自然の色彩調和の構造は、まちづくりにも当てはまるのではないでしょうか。突如としてビビッドな建物が目の前に現れると感じる違和感は、図と地の関係が崩れてしまうことによるものです。単体では魅力的であっても、まちとの関係性が築きにくいのでしょう。
事務局
加藤さんはガイドライン策定から色彩計画やデザインまで、幅広く手掛けられていますね。
加藤
ある大手デベロッパーのマンション開発に関わった際は、実際にまちの色を分析して建物のデザイン検討・提案を行いました。こうした色彩分析をベースとしたストーリー・色彩提案は新鮮なものと受け止められたようです。ひとつのストーリーに基づき、内外装、インテリア、販促物のロゴまで、一貫して色彩を軸としたデザインを提案することもあります。設計プロジェクトは、建築・インテリア・外構など、関係者が多いほどストーリーを共有しながら進めていく必要がありますが、色はそのつなぎ役になり得ると考えています。
他方、氾濫してしまいがちな色を扱う上では、引き算的な調整も必要です。「狭山駅西口地区市街地再開発事業」では、個々のデザインを調整する会議の事務局として参画し、それぞれが結節する部分の細かな調整に関わりました。
事務局
建築やまちに限らない仕事もあるのでしょうか。
加藤
首都高に点検用の恒久足場を設ける計画では、既存の高速道路への設置にあたり、パネルの色や目地はどうあるべきかなど、さまざまな視点場からの景観検討に携わっています。

東京にも地域ならではの色がある
事務局
加藤さんが執筆された『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』(学芸出版社、2019)の『地域には地域の色がある』という言葉が印象的です。
加藤
日本には「地域の色」がないと思われがちですが、実はけっこうな差があります。例えば土の色を調べると、西の方に行くと少し明るくなり、北の方にいくと明度・彩度が下がってくる。
日本では、地域の気候風土に合わせて素材を選んできた歴史が長くあります。その色は現代の建材に置き換わっても継承されており、やはり地域の色が出てくるものです。例えばレンガを使った歴史的な建造物が多い福岡市には、その影響で舗装にもやや赤みのある色調が多く見られます。
実は、東京でも(屋外広告物を除けば)区部と多摩地域には明確に差があります。特にこの15年で、パネル、ガラス、金属など乾式の外装が主流である高層建物が増え、区部の明度は高くなってきました。他方、マンションやオフィスビルの外装には低明度化の傾向も見られ、彩度はぐっと低くなっています。
「まちなみの作法」を破るべきかの見極め
加藤
この「仲通り」は、古いものが生かされ、まちに奥行きや厚みがある点が魅力となっていますね。歴史や文化を物語る時間の蓄積は、実際の場所を訪ねる面白さであり、他の地域にはない体験や経験を誘発する重要な因子となります。
事務局
「仲通り」は、『地』がほぼ完成していて、今は『図』が変化し続けている、というところかと思います。
加藤
まずはそこにあるものに倣い、その範囲からむやみに飛び出さないという、いわば「作法」というものがありますよね。これを破ったり更新することも時代の変化の中で必要ですが、「本当に今、ここで破るべきなのか」の見極めはとても難しい。単体での良し悪しの判断ではなく、多少時間がかかっても、それが必要なのだと納得できることが望ましいですね。


事務局
昔の「仲通り」はアスファルト舗装でした。つまり『地』がグレーだったのですが、もしもそれに倣ったままのまちづくりをしていたら、今の姿にはなっていなかったでしょう。「『地』を切り替える適切なタイミング」が丸の内の第三次再開発や通りの美装化(2000年代初頭から)の時期だったのだろうと思います。
一方、いろいろなプロジェクトに関わるにあたり、変化の激しい東京の中ではコンテクストが途切れていることもあり、何を『地』にすべきか悩むシーンもあります。
加藤
建築単体の色、つまり変化し続ける『図』の色は、実はそれほど重要ではないのかもしれません。しかし、このまちにはこんな特徴的な色や素材が連なっていて、そこに街路樹があって……といった、「『地』の色とのつながり」は慎重に捉えるべきです。周りにあるものの色から判断したり、あるいは周りに先行して建てる場合はどんなものが後からできても関係性を築ける色を選ぶのがよいのでしょう。
「どうにでもなる実験の場」
事務局
東京駅前で再開発が進む「TOKYO TORCH」の中央部に位置する暫定利用広場「TOKYO TORCH PARK」(上記マップ参照)には、シンプルなつくりの植栽や移設可能なファニチャー、カラフルなアートや遊具なども設置されています。
加藤
暫定とは「うつり変わること」です。そこで色々とチャレンジしてみるのはよいことですね。私が面白いと思った空地活用の例は「二子玉川ライズ」のガレリアです。キッズスペースが設置されている日もあれば、企業の新製品の展示場になっている日もある。ニーズに応えるフレキシブルさは今の時代に合っています。この5年程で、一般の人の公共空間の使いこなし方はどんどん変わり、慣れてきた感があります。「○○向け」としてつくり込むよりも、どうにでもなる実験場、そういう余地が都市にあることは貴重でしょう。

事務局
「TOKYO TORCH PARK」のような場所は、大丸有エリアにはあまりないのですよね。
加藤
確かに珍しい都心の空地ですね。情報・流行の伝達スピードがとても速く、短いサイクルで移り変わる今日、人は飽きやすく、常に次の何かを探しています。こうした社会の特性を逆手に取り、「常に前と違う」「今までにない」ものを、仮設を活用して実験することは有効だと思います。演出のスピードも戦略的に速まっているように感じます。
個別の色について考えてみましょう。ここには大きな「赤べこ」のオブジェがありますが、ここからは、そこにその色を使う意味があると愛着が生まれることが分かります。茶色味がかった赤色は、「常盤橋タワー」とのコラボレーションカラーという意味付けですよね。
赤べこは本来、ビビッドな赤色をしています。赤の語源は、「明るい」。祈願などに用いられる縁起のよい色です。現代ではこうした意味のある色は減りつつありますが、色の持つ意味も大切にしたいですね。
事務局
まちの中で、効果的に歴史ある色を使っている場面はありますか。
加藤
実は伝統色はとても難しく、「これが伝統色です」と言われても、周囲の色彩との関係の中では唐突に感じられるケースもあります。他方、例えば、東大の構内にあるイチョウは歴史的な文化財ではないものの、印象的な黄色が多くの人に親しまれる景色をつくっています。銘打っているカラーではなく、その場所に馴染んできた色だということですね。幼児からご年配の方、外国人など、様々な人があのイチョウを楽しんでいる光景は、歴史的にはまだ伝統とは呼べないかもしれませんが、印象的です。

「プロジェクトとして1,000点」ではなく、地域景観の平均点を上げる
事務局
設計提案の際、ドラマチックなストーリーが求められ、「周辺に馴染む色」という説明では関係者から納得感を引き出しにくい、というケースがあります。
加藤
場所によっては、真っ赤なビルが必要とされるシチュエーションもあるでしょう。つまり、ここで重要なのは、色の提案はその色単体の良し悪しではないということです。「このエリア、この場所との組み合わせにおいては、この色彩計画がよい」というプレゼンテーションで理解を求める必要がありますね。
事務局
確かに、ただ何色がいい、という話では、趣向の世界に陥っているように思えてしまいます。
加藤
同時に、設計がある程度進み、かたちが決まった段階でも、常に「色ができること」はあります。規模や形態が周囲から少し浮いてしまうような場合でも、部位ごとに少し色を変えたり、大きな面を分節したり、色による工夫はできるはずです。
ただ、事業者や設計者は、いかに他のプロジェクトと差別化するか、という視点も持たざるを得ないので、やはり「周囲と馴染ませる」ことを受け入れ難い側面もあるでしょう。私は、行政側の立場に立つときには「プロジェクトとして1,000点を目指すだけではなく、地域景観としての平均点を上げるものになっているか」という側面から助言・指導するようにしています。
事務局
三菱地所グループは大丸有エリアでまちづくりに取り組んでいますが、同様にデベロッパーが深く関わる渋谷エリアなどでは、色はどのように捉えられていますか。
加藤
渋谷では、実は相当綿密な相互調整がなされています。スターアーキテクトによるさまざまなビルが建っているようにも見えますが、「アーバンコア」というコンセプトで地上と地下の移動をスムーズにする、という考え方が徹底されています。その視覚化を図ることで渋谷の地形やかつては不可視だった都市の構造が見えてきたように思います。
渋谷にはデジタルサイネージも多く、そこでも「アーバンコア」の構造が生かされていると感じますが、ここでも渋谷ならではのコンテンツを期待したいですね。
後編では、フィールドインタビューを続け、インフラにおける色の考え方や、その色を成り立たせる環境、まちづくりにおける色との向き合い方について伺いました。
PROFILE

有限会社クリマ 代表取締役
加藤 幸枝 氏
Yukie Kato
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科を卒業後、環境色彩計画の第一人者である吉田愼悟氏に師事。総合的に調和の取れた空間・環境づくりを目指し、ランドスケープ・土木・建築など街全体をつなぐ環境色彩デザインを専門として様々な活動を行っている。
近年は景観法の策定に併せ、全国各地で策定された景観計画(色彩基準)の運用を円滑に行なうための活動(景観アドバイザー、景観審議会委員等)にも力を注ぐ。
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Update : 2024.05.21