
2025.02.26
新しいまちづくり勉強会 Vol.04
関係性に見る都市の変わるもの/変わらないもの
「新しいまちづくり」の環境色彩デザイン 【後編】
有限会社クリマ 代表取締役社長 加藤 幸枝 氏
まちにおける「図と地」の両方に深く関わる色彩や素材は、都市スケールからヒューマンスケールにいたるまでの幅広い視点で捉えるべき、重要なファクターです。まち全体をつなぐ「環境色彩デザイン」を専門として、様々なスケールの視点・立場で活動を行う加藤氏。行政の景観協議の委員としての立場をきっかけに、当社との関係が始まりました。学生時代から加藤氏と交流のある社員も参加し、三菱地所設計 都市環境計画部がまちづくりに携わる大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアを歩きながらのフィールドインタビューの様子をご紹介します。(収録:2021年12月)
インフラの『地』の色を整える
事務局
さて、100年持つデザインが求められる土木構造物では、ポジティブなエイジングではない劣化が一般的に見られると思います。これからの土木構造物の望ましいあり方を考えたいです。
日本橋川に架かる「竜閑(りゅうかん)さくら橋」(上記マップ参照)は、2019年に土木学会デザイン賞の奨励賞を受賞しています。色彩も工夫され、『再開発建築物をはじめとした周辺の構造物と調和させるとともに、長期間にわたって汚れが目立ちにくい銀鼠とした』とあります。
加藤
都市の橋梁のひとつの回答として成り立っていますね。足元の舗装の自然石、背景の高架、接続しているガラスのエレベーターなど、全体的にニュートラルな素材や色で構成されています。インフラとしてまちに馴染ませることを目指しているのでしょう。塗装仕上げとして、「時間が染み込む」ものではなく定期的な塗り直しが前提ですが、ここでもエイジングの影響を受けにくい色にすることで、長く美観を保つための工夫を感じます。「機能をふまえて時間が染み込みづらいものを選ぶ」点はオフィスビルもまさに同じで、時間と対峙し得る堅牢さが求められます。
橋の支柱と色見本を比較すると、グレーの中にY(イエロー)系が入っていることが分かります。全くのN(ニュートラルな無彩色)系にすると、周囲との対比で青っぽく見えがちです。自然石舗装との組み合わせを見ても、自然石は鉱物なので完全なニュートラルよりは少し黄みの入った色のほうが馴染む。コンクリートや焼き物にもわずかに黄みがある。そうした素材との調和として、この色が選ばれていると思います。
事務局
N系がよいとされるシーンはあまりないのでしょうか?
加藤
そうですね。自然界には「完全なN」はまずなく、わずかに色が入っているのです。国土交通省の景観配慮色に選定されている4色(10YR[イエローレッド]系の色相における、ダークグレー・ダークブラウン・グレーベージュと、YR系を基調としないまちなみにも調和しやすいオフグレー。『景観に配慮した道路附属物等ガイドライン』[H29.10、国土交通省]にて指定)も、黄赤や黄みが入っているものが中心です。メーカーも標準色として景観配慮色の製品を展開しており、インフラの『地』の色が整えやすくなりました。

色が色として成り立つ関係性
事務局
首都高の下は太陽光があまり当たりませんが、「暗いから明るい色を使えばよい」わけでもなさそうですね。
加藤
団地改修を手掛けると、南北面での色の見え方の違いがよく分かります。例えば北面では、ただ明度を上げても比較するものがないと薄暗くなりがちです。そこで、全てを淡白とせず、一部に低明色を設けると、その濃淡の差を周辺の照度に依存せず保つことができる。その対比で凹凸感や玄関の設えを明確にできるので、明度差をきちんと取るようにしています。
事務局
逆に、川や山など自然の要素の中では、構造物の色彩はどう配慮すべきでしょうか。山々の中では映える真っ赤な橋が、都市の中でも同様だとは限りませんね。
加藤
都市と自然の多いエリアとで大きく異なるのは、周りの環境要素の数です。自然の多いエリアで橋を見る時、視点場はほぼ一定で周囲の要素も限定的です。橋梁の構造を鮮やかな赤で強調しても、背景の緑や紅葉、雪景色が引き立て役になります。他方、都市にはビルや標識などさまざまなものがあり、さらに動く車や信号のほか、工事などで環境そのものも変化しています。そこに新たに橋が架ける際、本当にこれを主役として「魅せる」べきか。都市景観と自然景観とでは「見る・見られる」の関係性が大きく異なるのです。
かつて、墨田川には「七色の橋」計画があり、各橋梁には派手な色が塗られていました。まちなみに映えるとは言い難く、復興橋としての歴史的価値の再考を踏まえて2018年に計画が見直され、落ち着きのある色に改修されました。本当にその強い色が好ましいのかは、周囲の環境を踏まえて見極める必要がある、ということです。
事務局
安易に派手な色を使うのは避けるべきとは思うものの、都市部で「上手に目立たせたい」場合はどんな手法があるでしょうか。
例えば「大手町フィナンシャルシティ エコミュージアム」(上記マップ参照)は、周辺よりも明るい色をいくつか使い、うまく差別化している印象があります。
加藤
一貫した「エコ」のテーマがあるからでしょう。グリーンやブラウンなど植物や大地を彷彿とさせる色や、木実のような赤色でまとめています。突然現れる赤いカラーコーンが気になりますが、これは色自体のよしあしではなく、テーマと合致しているか否かが大切だということです。体験のための空間は、隅々に至るまでのコーディネートが重要です。色同士の相性を調整し、違和感の要因を省くべきだと思います。
事務局
テーマやコンセプトをこだわりきれているか、という意味でもありますね。運用時まで考え、トータルで提案することが大事なのだと感じました。

事務局
現在進行中の「大手町ゲートビルディング((仮称)内神田一丁目計画)」(上記マップ参照)は、日本橋川に歩道橋を架け、大丸有エリアと神田エリアの新たな接続点をつくる計画です。先ほどの言葉を借りると「ひとつの歩道橋として1000点を目指す」のではなく、大丸有と神田を行き来するものとして「周辺の平均点を上げる」ことを考えていくべきなのでしょう。
加藤
そうですね。周辺とどう関係をつくるか。その手前、先にある橋詰広場(橋のたもとの空間)をどうつくるかは重要になっていきます。
事務局
ここでは視点場がとても多く、橋の色味の選定も難しいと感じます。
加藤
例えば、ネイ&パートナーズジャパンの渡邊竜一さんが設計した「三角港キャノピー」は、特徴ある形状ながら周辺とよく馴染んでいて、測ってみるとブルーが入っていました。単体で見るとやや色気がありますが、素材のスチールと相性がよく、絶妙に個性的・特徴的でありながら悪目立ちしていません。そういった色合いが探せばきっとあるはずです。

写真提供:加藤幸枝氏

まちづくり=これからも歴史を積み重ねていくこと
加藤
日本人は長く素材を大切にしてきました。それがよくないと言うわけではありませんが、木の看板を「茶色い看板」とは言わないように、素材を重視する傾向は、色を先行させて考えることが難しい要因のひとつになっていると言えます。
西洋と東洋では塗装に対する意識がかなり異なり、西洋では石やレンガにべったりペンキを塗ることに抵抗がありません。素材と向き合ってきた歴史が長い日本では、気候風土の影響のほか「何にでも神様が宿る」という多神教的文化も影響し、塗装で素材が呼吸できなくなることを避けてきたのではないでしょうか。
事務局
以前、数寄屋建築の棟梁は「木を使うときも生きていた時と同じ向きに置いて呼吸できるようにしてやる」のだと聞きました。
おっしゃる通りで、確かに、設計提案においても「木を使います」とは言うものの「茶色を使います」と言って納得されるとは思えませんね(笑)
加藤
しかし、木目はシート、石目はメラミンといった仕様が当たり前の現代では、素材に対する感覚も変わってくるでしょう。他方、「新しいまちづくり」というテーマにつなげると、やはり日本の風土そのものががらりと一変することは想像し難い。実は「まちは自然に向き合う機会・体験を担うもの」になるのではないかとも思うのです。
事務局
日本人が「豊かな自然素材の中で生活してきた」ことを考えると、都市も自然とうまく付き合えたら、非常に日本的なものになり得るということですね。
加藤
色をテーマにする可能性はさまざまにあると思うのですが、そこでは、なぜその色でなければならないのか、本当に必要なのか、どう根付かせるべきなのか……といった検証や仕組みづくりはより重要さを増します。例えば、ロンドンの「セントラル・セント・ジャイルズ」(設計:レンゾ・ピアノ)を丸ごと日本に持ってくるとした場合、合う場所はすぐには思いつきません。色や新しい素材が環境に根付くには、目的や意味が必要なのです。
スペインにフスカルという小さな村があります。ある時、アメリカの映画会社が村を買収し、映画のキャンペーンのために村の建物全てをビビッドな青色に塗りました。すると観光客が増え、雇用が生まれ、高齢化した村に若者が来るようになりました。本当は2年間で色を元に戻す約束だったのですが、住民投票の結果、そのままにすることになりました。今では観光地となっています。単なる美観や意味を超え、「色が村を救った」事例です。色をテーマにするなら、長く続ける覚悟とともに、目に見える効果が必要なのです。
よく事例に挙がる韓国やブラジルのカラフルな街も、「スラム街の再生」という課題を背景としています。イタリアのブラーノ島も、霧が深い入江の漁村で、沖に出た船からも見えるようにカラフルなまちなみになったという歴史的背景があります。単に賑わいやまちづくりを目的にしているのではなく、「最適解として」ビビッドな色が使われているのですよね。大丸有エリアでも、目先の「新しい」ものだけに捉われず、今までの歴史や取り組みに自信を持って、これからも「新しいまちづくり」を積み重ねていってほしいと思っています。
事務局
本日はどうもありがとうございました。
PROFILE

有限会社クリマ 代表取締役
加藤 幸枝 氏
Yukie Kato
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科を卒業後、環境色彩計画の第一人者である吉田愼悟氏に師事。総合的に調和の取れた空間・環境づくりを目指し、ランドスケープ・土木・建築など街全体をつなぐ環境色彩デザインを専門として様々な活動を行っている。
近年は景観法の策定に併せ、全国各地で策定された景観計画(色彩基準)の運用を円滑に行なうための活動(景観アドバイザー、景観審議会委員等)にも力を注ぐ。
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Update : 2024.05.21