2026.04.28

設備設計者が語る。環境・設備のアイデアノート Vol.27

ホールライフカーボン時代の既存建物の価値再生とBCP強化

10,000㎡超のテナントオフィスビルのZEB化改修

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ホールライフカーボンの観点からみた建物改修の有効性

近年、建築の環境分野では「ホールライフカーボン」や「ライフサイクルカーボン」という概念が世界的に注目されています。
これは、建築物の運用段階だけでなく、建設時や解体時を含めた「生涯全体での」CO₂排出量に着目する考え方です。新築や建て替えには、膨大な資材製造エネルギーや工事に伴うCO₂排出が伴うため、「本当に建て替えるべきか」「既存建物を活かすことができないか」という問いが投げかけられています。

日本では「2050年に、既存建築物のストック(総量)平均でZEB水準を目指す」という国家目標が掲げられており、既存建物のZEB化は脱炭素化の鍵となっています。

機器を入れ替えるだけの「単純リプレース」ではなく、「省エネルギー化」と「BCP強化」を掲げた改修の例。効果的な設備改修は、新しい空間を生みだし、建物の価値を向上します

今回紹介するのは、東京都内に所在する、築25年を迎えた延床面積10,000㎡超の建物において、「建物の価値を明確に向上させること」を目指して、省エネルギー化と、災害時にも安心して使えるBCP(事業継続計画)強化の2つの取り組みが求められたプロジェクトです。ここでは、私たちから「長く使われ続けられるビル」を目指して「ZEB化の実現」という積極的な環境性能目標の達成を提案。現代の課題に応える新たな挑戦が始まりました。


「100年建築」を実現するための、新たな価値を生み出す取り組み

私たちがまず取り組んだのは、ZEB化を見据えた現況調査です。ここからは、

  • 単純な機器更新では省エネ性能は向上しない。熱源空調や照明の容量適正化に向けた実態把握が不可欠であること
  • 現状のセントラル熱源方式ではZEB達成は困難であり、個別分散型熱源方式(空冷HPパッケージ方式)が求められる。同時に、この方式を採用すると、設備配置スペースの削減が見込まれること

2点が明らかとなりました。

「空調設備の容量適正化・スリム化」は、省エネ提案の要です。既存の設備は過大容量であることが多く、実態に合わせたダウンサイジングが可能となります。ここでは、空調設備の設置面積を、既存の約40%まで縮減できることが分かりました。
大幅な縮減にあたり、事業者からは「将来の設備拡充に対応できないのではないか」といった懸念の声も挙がりましたが、ZEB達成のロードマップを提示しながら、各種の合意形成と意思決定をサポートすることで、その達成を推進しました。

また、BCP強化として、屋上に400kVA・72時間稼働可能な自家発電設備を新設することが要望されていましたが、ここでは上記の空調設備の縮減に伴い、既存の約3倍もの発電機用スペースの確保が可能に。耐荷重調査を経て、安全な設置位置を選定し、機器の離隔距離やメンテナンス性も考慮した配置計画を立案しました。

改修後の屋上。発電機スペースだけでなく、憩いのスペースまで確保可能となった

地下倉庫には1,500Lの貯蔵が可能なオイルタンクを5基(計7,500L)設置し、非常・保安負荷への対応を可能にしました。将来的なテナント専用発電機の設置スペースも確保し、1階南側には給油口を新設することで、点検・燃料補給の利便性も向上しています。


性能の「見える化」で「100年で20%の環境負荷削減」を実現

本プロジェクトで最も注力したのは、空調容量の適正化・ダウンサイジングに向けて、関係者と方向性を共有し、合意形成を進めることでした。
既存の設備を大幅に変えるにあたり、「今まで問題なく動いていた機器を、本当に変える必要があるのか」「テナントから何らかの問い合わせや要望が来た場合は対応できるのか」という“保守的な”意見一つひとつに対して、容量適正化は単に機器を減らすだけではないこと、将来的な建物利用やテナント増加にもしっかりと対応できる設備増強の余地や柔軟性があることを技術的な根拠と共に示し、理解を得ていきました。

BCP強化として、限られた屋上スペースで発電機の容量を拡大すると同時に、地下スペースにオイルタンク室を新設するにあたっては、空調容量の適正化に伴うスリム化や機器の集約配置が大きく影響します。そのため、電気職能・機械設備職能が連携して設計に取り組み、事業者・管理会社・施工者と毎日連絡を取り合い、一丸となってプロジェクトを推進。「災害時にも十分に電源・燃料供給体制を維持できる」新たな価値を与えることができました。

左:スペースの限られた屋上に拡張が可能となった発電機 右:建物躯体を変えることなく地下に新設可能となったオイルタンク

こうして、空調・電源・燃料・スペースの最適化という複雑な課題を乗り越え、改修後のBEI(Building Energy Index)は0.56を達成し、ZEB Oriented認証を取得。設備設計者が関与することで、建物全体の省エネ性能を「見える化」しながら最適化できた点が大きな成果です。
また、建物運用時の省エネルギー化だけでなく、工事にかかるCO₂の削減にもつながり、「脱炭素」の観点でもZEBを目指した設備改修が有意義であることが分かります。

J-CAT※による検証では、100年使い続けることで約20%の環境負荷削減が可能であることが明らかになりました。

J-CAT(建築物ホールライフカーボン算定ツール):建築物の一生(建設~使用~解体~廃棄の一連のプロセス)で排出されるCO₂などの温室効果ガスを計算し、「見える化」するための計算ソフト。


未来への提言:既存ストックZEB化の実践モデル

本プロジェクトは「既存建築物のストック平均でZEB水準を目指す」という目標に向けた実践的なモデルケースと言えます。建物を「消費する」のではなく「育てる」という新しい建築文化を体現し、段階的なバリューアップによって新たな生命を吹き込むことが実現できました。
既存建物、特に今回のような大規模なテナントオフィスビルのZEB化には、多様なテナントへの要求や設備の大型化等、さまざまな困難がつきものですが、設備設計者の技術力・構想力・対話力が最大限に発揮される分野です。また、設備設計者と意匠・構造設計者が協働することで、建物全体としての最適化が進み、既存建物における環境負荷低減の可能性はさらに広がります。CO₂排出量の低減を図る新築プロジェクトの取り組みと並行して、既存の建物を次世代の環境基準に適合させる——社会的要請と環境課題に応える私たち設備設計の仕事は、今後ますます重要性を増していくと考えています。

Designer's Voice

設計者

リノベーション設計部 / 2010年入社

長 圭一郎

Keiichiro Cho

WLC評価の普及に伴い、既存躯体の活用は今や建築業界のマストの潮流になりつつあります。しかし躯体活用だけでは不十分。既存ビルを省エネ化、ZEB化し、運用時の排出を抑えてこそ真の脱炭素が実現します。実際、本事例ではZEB認証が一棟借りの決め手となり、高い環境性能がリーシングを後押しする重要な要素となることを示しました。「既存躯体×ZEB」を軸に、資産価値の向上と脱炭素化を両立する取り組みを力強く推進していきます。
※所属はプロジェクト担当時点

設計者

リノベーション設計部 / 2014年入社

荒井 洋平

Yohei Arai

設計事務所は、何でもできるようでいて、実は資金も施工力も運営力も、自分たちだけでは何ひとつ完結できない場所だと思っています。本改修においても、電気設備設計者として担えた役割は、数ある要素のひとつに過ぎません。
それでも、「100年生きるビル」を次の世代へつなぐという施主の思いに共鳴し、省エネ性やBCP、将来性を見据えた小さな決断と提案を積み重ねてきました。コストや工期、既存条件に向き合う中で迷いや不安もありましたが、多くの関係者の力が結集し、竣工の瞬間を共に喜べたことは何にも代え難い経験です。設計とは、人の思いをつなぎ、建物に未来を与える営みだと、この建物から改めて教えられました。
※所属はプロジェクト担当時点

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