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連載|ものづくりの視点
50年のキャリアマップ
豊泉 正雄
建築の仕事は、人や街や自然を想い、そこに住み、働き、憩い、集う人々の安全で快適な環境を創造する事により、人々の記憶や地球の歴史に足跡を残せるとても幸せで恵まれたプロフェッションである。
日本人が自立して健康に生活できる期間を示す健康寿命は、女性73.62歳、男性70.42歳と発表(2010年)されており、社会人としての進路が明確になる時期が一般的に20歳頃とすれば、我々には約50年余のプロフェッション寿命が与えられていると考えられる。我々建築技術者・設計者の目指す理想のキャリアパスの本質は、与えられたプロフェッション寿命の全うであり、その様々なステージで、それぞれの個人の持つ特性を活かし、プロジェクトを通じ、一つ一つ思想や技術を発展させ、積み重ね、社会や人々に安全、快適で豊かな生活環境を提供し続ける事であろう。
それでは、その本筋に至る道筋は如何にあるべきなのであろう?50年余のプロフェション寿命をその時代、社会、環境の要求や変化に合わせ、様々な変更、追加、修正を繰り返しながらも、その本質を極め、高い次元で全うするにはどうしたら良いのだろう?
昨今、建築関連の仕事は次のような理由から、若い人から敬遠される傾向にある。建築関連業界への就業機会という点についても、アベノミクスが効を奏し、多くの就業の機会が提供される事を期待されているものの、就業の機会そのもの、またはその選択肢が限られている現実が建築を目指す若者の前に立ちはだかっている。たとえ、その難関を乗り越え、就業の機会を得て一定の組織に所属して活動を始めたとしても、自分の思い通りにそのキャリアパスが進行する割合は低い。大学、大学院で習得した専門性の高い知識や技術がそのまま通用するわけではなく、更に実務を通じて幅広い知識や高度なスキルを身につけるべく日々研鑽、経験を積むことが求められる。近隣対応、諸官庁手続の煩雑さ、工事費の調整等で、本質的なデザインに没頭する暇もなく、ひとたびクレームが起これば責任者として矢面に立たされるといった現実に直面する。現実の組織や人間関係の中で、様々な軋轢に悩み、また、自分自身が大切にしたいものと組織の意向による配置転換や職種変換の要望の中で、漠とした将来に暗澹たる気持ちになることもあろう。
しかし、いつのステージでも認識しておくべき重要な事は、50年のプロフェッション寿命は決して短いものでは無いということ。余裕をもって寄り道をして異なる分野の異なる課題に果敢に挑戦し、極め尽す事も充分許容され、目指すプロフェッションの高みを更に価値の高いものとできる可能性があるという事実を認識する事である。世界を席巻したスティーブ・ジョブズが語っている、「一見、何の脈絡も繋がりも無い複数の分野の事象を極め尽し、新たなる発想の結実の為、その事象の点と点を結び繋げられる時、大きな価値とアイデンティティを産出せる可能性を持つ。」と。
だからこそ、目指す理想の本質を忘れず、果敢に関連分野、異分野へ挑戦する事により、また関連分野や異分野からの挑戦者を快く受け入れる事により、建築の世界を更に豊かにすることができる筈である。建築は人間のあらゆる活動を包み込む器創りであるのだから。
現実・課題・問題点、また自分の犯した失敗をしっかりと直視できる器量を養い、果敢に新たな課題に挑戦する好奇心を磨き続け、描いた夢をどこまでも追い続けられる健康な体と強靭でしなやかな心を鍛え続ける事。これが50年のプロフェッション寿命充実の鍵ではないだろうか。
多くの若い世代の皆さんの建築界への参戦と挑戦を心から期待して!