DISCUSSION

Vol.10

小堀哲夫 建築家
イノベーションを起こすワークプレイス
――― 環境が変われば、働き方が変わる[中編]

2019/7/29

ROKI Global Innovation Center -ROGIC-。大きなワンルーム空間の中に、ワークスペースが棚田状に配されている。[Photo : Takahiro Arai]

Q2013年、静岡県浜松市に完成した「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」は、自然エネルギーと最新環境技術の融合に挑戦した環境建築としてだけでなく、従来の概念を打ち破る研究施設としても評価されていますが、この場所性を活かした豊かなワークプレイスはどのように生まれたのですか?

A : ROKIは自動車エンジンなどに使われるフィルターをつくっているメーカーです。コア技術は、気体や液体などから不要な物質を取り除き、必要な物質を抽出する「ろ過」技術。ガソリンエンジン車から電気や水素自動車へ、技術の進化スピードがめまぐるしい自動車業界において自社が発展をとげるにはどうしたらいいのか、経営陣の危機感からプロジェクトは始まりました。エンジニアに創造性の高い発想、今までとは別次元の発想をしてもらうためには、どのような空間が必要か。クライアントと何度も話し合い、「Amplifier Space(人間を覚醒する空間)」というコンセプトが生まれました。自然の変化を敏感に感じ取ってきた日本人の感性を刺激し、創造性を生み出そうというわけです。

それは自然環境に恵まれた立地から得た発想でもありました。敷地は南に天竜川を望む段丘の上にあり、川との間には調整池がありました。てっぺんまで上ると敷地全体を見渡せて、空を見上げるとトンビがずっと飛んでいて、地形が風を生んでいることを発見しました。浜松平野は日照時間の長さが特徴で、光にあふれ、心地よい風が流れるこの土地を、新たにつくる建築で阻害したくない ———  むしろ、より感じられる建築にしたいと強く感じました。それで、ガラス曲面屋根を掛けた4層ワンルーム空間とし、池に面した部分には引き戸を入れて、春や秋などの中間期は川や池を通ってくる風を取り込み、2〜4階の一部を半屋外のワークスペースとして使えるようにしました。研究施設といえば閉じていて、空調を効かせた均質な空間が一般的で、最初エンジニアは反対しましたが、前回講演された早稲田大学の田辺新一先生が行った半外部空間の研究が救ってくれたのです。2003年に示されたその研究は、同じ室温30度でも、空調を効かせた閉じた室内空間にいる場合は50%の人が不快に感じる。しかし、テラスや駅などの半外部空間にいる場合は11%しか不快と言わないというものです。この調査結果はさまざまな解釈ができると思いますが、人間は自然に近づけば近づくほど、環境に対する許容度が上がるのではないかという仮説を立てました。均質な空間というのは実は人にとって不快で、ムラのある自然に近い空間の方が心地よいのではないか、というわけです。ROKIの既存研究施設では音と熱を発する設備が並ぶ部屋のすぐ隣で人が働いていて、それを見た時、人には人の居場所があり、機械には機械の居場所があるのではないかと思ったのです。敷地の高低差を利用し、ガラス屋根で覆われ半屋外空間になるワークスペース、比較的安定した日陰のようなワークスペース、光が入らない実験室、機械室などを積層しています。大きな吹き抜け空間から、2.1mという住宅のスケールの4階まで、天井高や明暗の違い、室温の差など、あえてムラ(不均質)をつくっています。BEMSモニターが自然換気のタイミングを知らせてくれるのですが、1階の引き戸を開けると自動的に空調がストップし、建物に取り込まれた風は、ガラス屋根に設けた電動開閉式のトップライトから抜けていきます。

ガラス曲面屋根で覆われた外観。[Photo : Takahiro Arai]

Q半透明の天井膜には、ROKIの製品が使われているそうですね。

A : 大屋根はガラス屋根と木格子天井、ダブルスキン状のトラス構造になっていますが、木格子天井に張った障子のような膜がROKIフィルターです。自動車用に開発された製品ですが、風(空気)を透過し、光を拡散させる効果があります。さらに吸音効果が抜群で、何よりタダで支給してもらえる(笑)。この光膜によって、晴天の昼間はほとんど照明が必要ありませんし、空の変化を映し取るスクリーンでもあります。従来の固定席を撤廃し、その日の業務内容に応じて好きな席を選ぶフリーアドレス制を導入したので、この大きな天井の下で、エンジニアは自分にとって居心地の良い環境を自由に選択しながら働いています。ちょっと篭れるスペースも用意しましたが、基本ワンルーム空間なので、4階から見下ろすと、ここで働くエンジニアの誰がどこにいるか、一目瞭然です。エンジニア間の行き交う視線は、さまざまな発想や創造力を刺激します。

この建築プロジェクトは、国土交通省の住宅・建築物省CO2先導事業(当時)に選定されたので、竣工後も3年間、照明や空調の実測データを集め、たびたび通いました。どれくらい自然エネルギーを活用できているか、どういうふうに建築が使われているかを知ることができる機会は、僕にとってはすごく嬉しい反面、ドキドキでしたが、プロジェクトの最初でどういう空間をつくるのかをとことん話し合っているので、みなさん覚悟を決めて使っているんですね。自分たちが選んだんだから、使わなくてどうするんだという感じ。僕にとって知見になるのは、みんなで話し合った通りに使われていなかったり、意外な形で使われている部分。例えば、ちょっと裏につくった暗くて篭れるスペースが大人気ということには、驚かされました。ROKI はこの5年間で売り上げが倍になり、大きなジャンプをした、つまりキャズムを超えたと言えると思います。環境を変えることで、企業は圧倒的に成長するということがわかってきました。

小堀哲夫/建築家

PROFILE : こぼり・てつお/1971年岐阜県生まれ。97年法政大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程(陣内秀信研究室)修了後、久米設計に入社。2008年小堀哲夫建築設計事務所設立。17年「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」で日本建築学会賞、JIA日本建築大賞を同年にダブル受賞する。2019年に「NICCA INNOVATION CENTER」で、2度目のJIA日本建築大賞を受賞。BCS賞、AACA優秀賞など多数受賞。そのほか主な作品に「昭和学園高等学校」「南相馬市消防防災センター」、最新作に「梅光学院大学 The Learning Station CROSSLIGHT」がある。

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