DISCUSSION
Vol.18
桐山登士樹 デザインディレクター
デザインの力で未来を切り拓く
――― 若手アーティストの発掘[前編]
2019/10/29
Q2015年には富山県近代美術館(現:富山県美術館)[写真1]の副館長に就任され、2017年からは「富山県総合デザインセンター」の所長も務められていますが、富山県のデザイン振興については、27年前から携わられているそうですね。
A : 富山県総合デザインセンターは、県内の産業従事者に向けて、「デザイン」をキーワードに商品開発のサポートやワークショップ、情報発信などを行う、県の試験研究機関です。1993年に、前身である「富山インダストリアル・デザインセンター」の企画部長として、3年の任期で呼ばれました。当時の中沖豊知事が、これからの産業にはデザインが必要であると、富山県技術開発財団の中にデザインセンターを1989年に設けたのです。
しかし、いざ行ってみると、地元の産業界は「デザインセンターには近寄るな」という雰囲気。実は「デザインはお金がかかるだけで売れない」という、かつての負の遺産があったのです。これは富山だけの話ではないと感じ、打開策として考えたのが、外から人を呼び込む仕組みです。当時のデザイン業界で名前が出ていた日本全国の大手企業、およそ70社をまわって声をかけ、1993年秋、富山で一堂に会するデザイン会議を開催しました。三菱電機やソニーなど、日本を代表する一流企業の部長クラス、なんと35名が自費で来てくれたんです。
「継承と創造」というテーマを掲げ、議論を重ねた最後に、私はこの会議を翌年からインハウスデザイナーの教育の場として、デザインコンペにすることを宣言しました。それが1994年からスタートし、今も続いている「富山プロダクトデザインコンペティション(現:富山デザインコンペティション)」[写真2]です。今年で26回目になりますが、富山県の地場産業をテーマにした、全国初の「商品化」を前提としたデザインコンペです。当初は企業のインハウスデザイナーを主なターゲットに、アルミや真鍮の鋳物メーカーなど、県内9企業が課題を出す形態でスタート。当初から公開式とし、今はテーマコンペになっています。例えば今年のテーマは「編みなおす」です[写真3]。素材、技術、文化などを「新しく編みなおす」ことによって、新たな価値を創造する商品やプロジェクトプランを募集しました。審査過程を公開式にすることで、オーディエンスや応募デザイナーが、デザインのどこが良くてどこがダメか、何が評価されるのかを臨場感溢れる中で直に聞くことができます。審査員も業界では名の知れた方々にお願いし、企業のインハウスデザイナーだけでなく、そこから独立したフリーランスの若手デザイナーなど、当初は700点くらい応募がありました。
[写真1]富山県美術館での2017年の展示「素材と対話するアートとデザイン」
[写真2]富山デザインコンペティション2019展示会場
[写真3]富山デザインコンペティション2019ポスター
Q実際にどれくらい商品化されたのですか?
A : これまでの応募人数は述べ8000人にのぼります。入賞した述べ50人強が地元企業と密接に開発する機会を得て、最終的に36点が商品化されました(2019年4月時点)[写真4]。デザインセンターはデザイナーの立場にも立てるし、地元企業が置かれた状況もわかっているので、双方をうまくナビゲーションできます。この地元企業とのマッチングがデザインセンターの主な仕事です。
例えば鋳物メーカーの「能作」(1916年創業)のヒット作に、錫でできた「KAGO」[写真5]という商品があります。デザインしたのは、2004年のコンペでグランプリを受賞した、東北芸術工科大学助手(当時)の小野里奈さん[写真6]。コンペの上位入賞者はデザインセンターが主催するワークショップに参加する資格を得られるんですが、彼女がその時に提案したものです。それで、能作と小野さんをマッチングし、2008年に商品化されました。また、2007年には、パリで毎年開催されている空間デザインの見本市「メゾン・エ・オブジェ」で能作を紹介しました。当時私は、日本企業の見本市への出展を⽀援しているJETRO(日本貿易振興機構)の仕事をしていたので、能作以外にも、青森の木工メーカー「BUNACO」、秋田の樺細工「藤木伝四郎商店」などにも声を掛けました。2009年には岡山のマスキングテープメーカー「カモ井加工紙」なども出展し、いずれもメゾン・エ・オブジェでさまざまな国のバイヤーの関心を集め、海外販促を広げる機会となりました。今や「KAGO」はニューヨークのMoMA Design STOREでのベストセラー、トップ5くらいに入っているそうです。
この仕組みによって、フリーランスのデザイナーたちには安定して事務所をやっていくためのロイヤリティ収入が得られますし、地元企業も今までなかったような量を売ることができたり、海外にも売れるようになったりする。いわゆる伝統産業は、通常、頑張っても売れるのは千未満の単位なんですが、我々は千・万の単位を売れる仕組みをつくっています。今では能作以外にも、ダイカストメーカーの「ナガエ」(1954年創業)など、複数の企業が販路を拡大しています。1社だけが勝っていても意味がないんです。デザインセンターでもいろいろと仕掛けながら、複数社が競い合い、地場産業全体が盛り上がっていくというようなシナジー効果が出ています。これを10社くらいの規模までもっていくと、自ずとポテンシャルが上がってくる。しかし実際、そこまで行くのは大変です。開発物語と言えばそれまでですけど、馴れていない人たちを本気にさせたり、そこに投資させたりして仕立て上げるには大抵10年はかかる。能作などが動き始めたのも、2000年にマッチングがスタートして7年目くらいかかりました。そういう地方を再生するひな形をつくって、精度を高めていくのが私の仕事です。将来的には、富山でつくったひな形をほかの46都道府県すべてに展開できるといいなと思っています。
[写真4]実際に商品化された入賞作品の1つ、小林幹也さんの自立するお玉
「TATE OTAMA」(2008年度とやまデザイン賞)
[写真5]小野里奈さんと能作のコラボレーションで生まれた「KAGO」。
錫100%の鋳物でつくられているため柔らかく、プレート(平面)から
バスケット(立体)へ、形を自由に変えることができる
[写真6]ミラー付きのコートスタンド「DAVIDSON」で2004 年度のグランプリ
(とやまデザイン賞)を受賞した小野里奈さん
桐山登士樹/デザインディレクター
PROFILE : きりやま・としき/1952年長野県生まれ。技術開発の研究者、広告マーケティング、デザイン・建築の編集者を経て、1988年にデザインの企画制作会社、株式会社TRUNKを設立。国内外の展覧会のプロデュースやデザイン情報サイト/ウェブマガジン「ジャパンデザインネット(JDN)」の立ち上げなどに携わる。1993年より富山県総合デザインセンターの設立に向けて活動。現在は、東京・富山・ミラノを拠点に、ディレクション、ブランドプロデュース、展覧会のキュレーションなどを行う。株式会社TRUNKディレクター、富山県総合デザインセンター所長、富山県美術館副館長。
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