DISCUSSION

Vol.21

磯 達雄 建築ジャーナリスト
映画で描かれる建築
――― 1960年代の特撮テレビと喜劇映画[前編]

2019/12/06

Q建築ジャーナリストとして古いビルについて記事を書かれるなかで、本や雑誌のほかに映画やTVドラマも資料にされるということですが、どのように参考にしているのでしょうか?

A : 実際の建物がロケ地として使われている映画やドラマを見ると、その建物が人々にどのように見られ、理解されていたのかがわかります。とくに昔の映画の場合は、古い地図や空撮写真を照らし合わせて、どの建物か特定するのもおもしろい。

たとえば、ここ丸の内がどのように描かれていたのかを見てみましょう。1966年に放映された『ウルトラQ』という特撮ドラマ[図1]があります。「ウルトラマン」で有名なウルトラシリーズの1作目です。2作目以降と異なるのは、ウルトラマンのようなスーパーヒーローが出てこないこと。普通の人間が普通の格好で怪獣と戦います。このドラマの第4話「マンモスフラワー」[図2]は徹頭徹尾、丸の内にこだわった映像になっています。丸の内の地下に古代の植物「マンモスフラワー」の種が眠っていたという設定。この種が何かの拍子に成長を始めて、建物を壊しながら空に巨大な花を咲かせ、人間の生活を破壊するというストーリーで、このミニチュアワークがよくできているのです。物語は丸の内でのロケシーンから始まります。主人公がビラ配りの仕事をするために、東京駅丸の内口前に建つ「新丸の内ビルヂング」(1952年/設計:三菱地所)内の広告会社にビラを取りに行くのですが、建物の中がなぜか雑然としていて、地震のような現象が起きる。皇居のお堀で異変が起きているというので見に行くと、日比谷濠の水面に巨大植物の根っこが現れます。人間をつかまえてトゲで血を吸うこの恐ろしい巨大植物を倒すため、主人公は軽飛行機に乗って薬品を空中から散布します。街を見下ろす映像は、丸の内全域のミニチュアをつくれなかったのか、写真の上に貼り付けているという安易な特撮ではありますが、ビルで覆われた都市の上に花が咲いている絵を撮っておきたかったのでしょうね。

この作品には丸の内の歴史や建築が見事に写し取られています。地下に眠っていたマンモスフラワーに壊されるビルは架空の建物かと思ったのですが、かつて実在したオフィスビルだということが『ゴジラと東京――  怪獣映画でたどる昭和の都市風景』(一迅社)という本に書かれていました。これは清水組が設計した「大川田中事務所」(1921年)というビルで、写真とドラマ内のミニチュアを見比べれば、アーチの窓や菊の紋様からもこのビルを参照してつくっているのがわかります。

ウルトラQが撮られた1960年代の丸の内は、ビルの軒高が31m(100尺)に制限され、統一された都市景観が実現した頃です。それは裏返せば、明治・大正期の赤レンガの洋風オフィス街を壊した時期とも言えます。ロンドンに似た街並みから「一丁倫敦」と呼ばれた、文明開化後に現れた本格的な都市デザイン。それを形成していた三菱一号館、二号館、三号館といった建物が1960年代に次々と壊されていったのです。このドラマはそのような時代背景を見て取ることができる作品です。

[図1]
「ULTRAMAN ARCHIVES ウルトラQ UHD & MovieNEX」
(税別70,000円、発売中/
発売:円谷プロダクション、
販売:ポニーキャニオン/Ⓒ円谷プロ)

[図2]ビルを突き破り大輪の花を咲かせるマンモスフラワー・巨大植物ジュラン

Q建築や都市に焦点をあてて映画を見ると、どのようなおもしろさがあるのでしょうか?

A : ウルトラQの「マンモスフラワー」は、素直に見れば都市を襲う自然の驚異という見方になると思うのですが、建築を意識して見てみると別の意味が現れてきます。先程も述べた通り、ウルトラQというドラマは怪獣を取り入れることで、1960年代、実際に都市で起きていた状況をドラマにしていたということがわかります。マンモスフラワーは、古いビルを壊すということを象徴する存在なわけですが、さらに、マンモスフラワーの設定を見てみましょう。当時出版された怪獣図鑑を参照すると、高さは100m。ここからわかるのが、「マンモスフラワーは東京海上ビルになぞらえられる」のではないかということです。東京海上ビルは前川國男の設計で1974年に完成した、軒高99.7m、最高高さ108mのビル。丸の内のそれまでのビルの高さを一気に超えて建った建物でしたが、設計開始は1965年で、このドラマがつくられていたのと同時期です。ドラマではマンモスフラワーが丸の内の古いビルを破壊していましたが、実際には東京海上ビルだったというわけですね。

つまり、マンモスフラワーというドラマは、丸の内に建っていた3世代のビルをうまく取り入れた物語になっています。第1世代は一丁倫敦を形成したレンガ造の建物。これらを壊して建つ31mラインで揃ったビル群が第2世代。その状況をマンモスフラワーは描いていたのと同時に、軒高制限が緩和された後にできた第3世代、東京海上ビルのような100m級の高層ビルの出現もあわせて取り入れているのです。

現在の丸の内では、さらにその次の世代、高さ200m級のビルが次々と建っています。今やマンモスフラワーの2倍の高さというわけですが、一方で怪獣の方もどんどん進化しています。たとえばゴジラは新しい映画が作られるたびに身長が伸びているのですが、これはビルが高くなるのにつれて進化したということなのですね。『シン・ゴジラ』(2016年)[図3]でも、ゴジラが東京を襲います。この映画でゴジラを倒すのに一役買ってくれるのが、怪獣よりも巨大な「常盤橋プロジェクト」のビル[図4]です。ご存知の通り、常盤橋プロジェクトは、高さ日本一となる390mの超高層ビルなど4棟から成る計画で、完成予定は2027年。このまだ見ぬビルが映画に登場しているのです。これはつまり、現存しているビルではなく、未来のビルでないとゴジラは倒せないということなのだと思います。「怪獣が建物を倒す」ということが怪獣映画ではずっと描かれてきたわけですが、建物が怪獣に反撃することもできるのだということがシン・ゴジラには描かれています。かつて『ガメラ――  大怪獣空中決戦』(1995年)という映画でも、日本列島を襲う巨大な亀の姿をした怪獣を「福岡ドーム」(1993年/設計:竹中工務店、前田建設工業共同企業体)におびき寄せ、屋根を閉めて捕獲するシーンがありましたが、それに次ぐ、建築のデザインが怪獣退治に役に立っためずらしい例が常盤橋プロジェクトだったわけです。これを観たときは、建築業界に携わる者として、とても誇らしく思いましたね。

[図3]「シン・ゴジラ 2枚組」
(DVD発売中/発売・販売元:東宝)

[図4]『シン・ゴジラ』では、東京駅周辺で猛威をふるうゴジラの向こうに
「常盤橋プロジェクト」のB棟が登場している

[図1、2:円谷プロダクション提供/図3:東宝提供]

磯 達雄/建築ジャーナリスト

PROFILE:いそ・たつお/1963年埼玉県生まれ。1988年名古屋大学卒業、『日経アーキテクチュア』編集部。2000年独立。2002年から編集事務所フリックスタジオを共同主宰。桑沢デザイン研究所非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師。主な共著書に『昭和モダン建築巡礼・完全版1945-64』(日経BP社、2019年)、『プレモダン建築巡礼』(同、2018年)、『菊竹清訓巡礼』(同、2012年)、『ポストモダン建築巡礼』(同、2011年)、『ぼくらが夢見た未来都市』(PHP研究所、2010年)、『昭和モダン建築巡礼 西日本編/東日本編』(2006年/2008年)がある。

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