DISCUSSION

Vol.29

平井孝幸
株式会社ディー・エヌ・エー CHO室 室長代理、合同会社イブキ 代表
ウェルネスとパフォーマンスマネジメント
――― 新しい時代の生き方vol.2[後編]

2021/1/27

Qこのコロナ禍において、オフィスという場が再定義されつつありますが、平井さんが思い描く理想のオフィス像を教えてください。

A :クリエイティブな仕事や1人で集中して行う事務作業、大人数で議論する仕事など、それぞれのアクティビティに応じた設えが1つの空間の中にある、そんな対応力の高い場がベストです。またコロナ禍でテレワークが普及し「オフィス不要論」が出始めている一方で、自宅やカフェでは実現できない優れた環境の実現が求められるようになると思います。例えば最近、靴を脱ぐスタイルのオフィスがありますが、足裏に刺激があるような床だったらいいかも知れません。足つぼマッサージで得られるような効果はもちろん、脳へ刺激が行くので、そこを歩いた後にブレインストーミングすると、良いアイディアが出やすくなるかも知れません。集中力が高まる香りとか、光や音楽もオリジナルでプログラムをつくれたらいいですね。一人ひとりに合わせた空間が実現できれば、こんな魅力的なオフィスを持っているということだけで優秀な人材が集まり、離職率も下がる。オフィス空間の質が、企業の価値、つまり経営に直結するようになると思います。

Qご自身は健康維持のために、どのようなことに取り組まれていますか?

健康は運動・食事・睡眠・メンタル・オーラルケアが大事です。中でもメンタルが一番重要だと思っています。どんなに整った食生活をしていても、十分な睡眠を摂っていたとしても、心の状態が整っていないとパフォーマンスは高まりません。スポーツの世界でよく使われる「心・技・体」という言葉も、心が最初にきています。ただ、メンタルのコントロールは容易なことではありません。私自身も試行錯誤を繰り返して、自分なりの食事と睡眠によるセルフコンディショニング術を見出しました。例えば、平日も休日も起床時刻は揃えています。ポイントは毎日同じ時間に朝陽を浴びて体内環境をリセットすることで、同じ時間に眠くなり、安定した睡眠を得られる。もちろん就寝時刻が遅くなることもありますが、起床時間は変えません。日中、眠気を感じれば仮眠をとる。仮眠は15分程度が目安です。とにかく毎日同じ時間に朝陽を浴びる、これはテレワーク時代の今、特にオススメします。食事に関しては「発酵食品」がオススメです。腸と脳の状態は密接に関わっているというデータがあり、腸内環境を整える発酵食品を普段から摂取するようにしています。私自身その魅力にすっかりハマって、納豆や塩麹を手づくりしているほどです[写真1]。

そして何より「呼吸」を大切にしています。いま今流行りの『鬼滅の刃』とは全く関係ないのですが(笑)、メンタル面とつながりの深い自律神経を能動的にコントロールできるのは唯一、呼吸だけなんです。不安を感じたり、心が騒ついた時でも、深く、ゆっくりと呼吸することで、心が落ち着くのを感じられます。ただ、正しい呼吸をしようと思って行うのはストレスになるので、いかに普段から行えるのかが重要なのです。私は朝起きた時と夜寝る前に、本間生夫先生*が提唱する呼吸筋体操を実践しています。息を吸う時に背中側の筋肉を使う呼吸法で、その筋肉を伸ばすストレッチをしてから寝ると、朝の目覚めがよく、睡眠の質も高まっていると感じます。日中もストレッチをして習慣化することで、イライラすることも少ないですし、負のスパイラルに陥りづらくなっているように思いますね。最近行っているのが「マインドフル・ ウォーキング(歩きの瞑想)」です。座って呼吸に集中し、今の自分の状態に意識を向ける「マインドフルネス」は以前から行っていましたが、歩く自分の状態に集中するんです。私は毎日1万2000歩を歩くのですが、マインドフル・ ウォーキングをする時はリラックスした状態で、右脚と左脚が交差する様子や、足が着地したり離れていく様子、腕の振り、頭の動きなどを観察します。観察することに没頭することで、ネガティブな思考を一時的に消すことができるのです。こんなことを日々の生活習慣として、朝から晩までやっているわけですが、ちょうど最近、それを1冊の本にまとめました(『仕事で成果を出し続ける人が最高のコンディションを毎日維持するためにしていること』、東洋経済新報社、2021年1月)[写真2]。普通の人からすると、こんな面倒なことを本当にやっているのか!? と感じるようなマニアックな内容かもしれません(笑)。実際に効果があったことだけをまとめていますので、できるところから始めていただければと思います。

*『すべての不調は呼吸が原因』(幻冬舎、2018年)の著書で知られる呼吸の第一人者

[写真1]平井氏お手製の納豆

[写真2]近著『仕事で成果を出し続ける人が
最高のコンディションを毎日維持するためにしていること』
(東洋経済新報社、2021年1月)

[写真1・2:平井孝幸氏提供]

Qこれからチャレンジしたいこと、次の目標を教えてください。

A : 以前、茶道や華道など、日本の伝統文化を活用したセルフコンディショニングを行ったことがあるのですが、明鏡止水と言いますか、精神性の高い時間を過ごすことができました。特に茶道は場の雰囲気もよいですし、一つひとつ丁寧にゆっくりと行う所作は完全に非日常で、集中できましたね。こういったものをもっと活用して、カジュアルに導入すれば、社員のメンタル面や品格の向上にもポジティブな効果をもたらし、質の高いコミュニュケーションが生まれるのではないかと感じています。また、健康に興味はなくても、心を整えることの大切さを知る機会になるかも知れません。入口をたくさん用意することで、ヘルスリテラシーの低い人も少しずつ変えていけると思っています。

今日はメンタル、そして呼吸が根本的に大事とお話ししましたが、その次に大事だと思っているのがオーラルケアで、今最も興味がある分野です。日本人のオーラルケアに対する意識はスウェーデンや米国に比べて低い。多くの日本人は毎日歯ブラシでのケアだけですが、フロスでのケアを当たり前にしたいと思っています。というのも歯ブラシだけでは歯垢の58%しか取れないと言われており、残りをフロス等で補わないと歯周病が悪化しやすく、その結果、認知症や糖尿病のリスクが高まることも分かっています。歯科クリニックをリブランディングすることで、美容室のような感覚で行ける場所にしていきたいですね。まずは日本の健康経営での取組みにおいてオーラルケアをスタンダードにすること、これが今の目標です。そしてプロゴルファーになる夢も、実現させたいと思います。

平井 孝幸/株式会社ディー・エヌ・エー CHO室室長代理、合同会社イブキ 代表

PROFILE:ひらい・たかゆき/東京大学医学部附属病院22世紀医療センター研究員。東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、ゴルフ事業で起業。2011年DeNA入社。2015年従業員の健康サポートを始め、2016年健康経営の専門部署CHO室を立ち上げる。2019年同社での取り組みが経済産業省と東京証券取引所から評価され、健康経営銘柄を獲得。翌年も連続して獲得する。2018年DBJ(日本政策投資銀行)健康経営格付アドバイザリーボード、PGA(日本プロゴルフ協会)経営戦略委員会アドバイザー等を歴任。

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