DISCUSSION
Vol.34
鯵坂徹 鹿児島大学教授
Before-Before建築論
――― 歴史を紐解く設計術[後編]
2021/10/5
鹿児島大学で設計した「シラスコンクリート」住宅(左)/旧猪鹿倉邸再生(右)
Q鹿児島大学着任以降に手がけた保存再生プロジェクトについて教えてください。
A : 2016年、「鹿児島大学工学部建築学科棟」(1972年)の改修を行いました[写真1]。新築に見えて実は古い、タイル張りの建物です。古い外装タイルを剥がして外断熱を設けるのが定石ですが、学科内から「タイルを残したい」という声が上がり、内断熱工法にしました。あまり費用もかけられないので、現場仕上げのテラゾーや階段の手すりなど、質がよく、使えるものはそのまま使い、製図室などは天井材を外して現しとし、学生の教材にもなる建物にしました。良きところを見出し、活かすことが大切です。
また、現在、私が週末住宅として使っている南さつま市加世田の旧猪鹿倉邸は、1887年頃に建てられた古民家です[写真2]。床下の換気が不十分でシロアリ被害が酷く躊躇しましたが、購入し、改修しました。この地域は、今では山城の景観が様変わりしていますが、かつて薩摩藩の外城(麓)として栄えた重要伝統的建造物群保護地区です。学生やJIA(公益社団法人日本建築家協会)のメンバーの手を借りて、まずは瓦が落ちそうな腕木門の改修から始め、雨漏りやシロアリ被害の原因になっていた増築部を減築しました。風呂やトイレなどは刷新しましたが、他の事例同様、不要部分のみを外し、残すところは残しています。建物は解体するにつれ昔の姿が見えてきます。どこが入り口だったのか、途中でどのように増築したか、といったことも。解体や廃棄物処理を自身で行う中で、安い新建材には問題があることにも気がつきました。300円で買えるプラスターボードは、処分するのに1,000円もかかるのです。本当にさまざまな発見がありました。
[写真1]良きところを見出し、活かした「鹿児島大学工学部建築学科棟の改修」
[写真2]元へ戻しつつ、機能向上を図った「旧猪鹿倉邸再生」。改修前後の南側外観(左)/古座(右)
Q「Before-Before 建築論」とは、どのような建築のあり方でしょうか?
A : 私は、一般的なリノベーションで言われる「Before-After」ではなく、あえて古いものを古いまま残す保存再生を「Before-Before」と呼んでいます。古い建物を知れば知るほど、その設計技術の素晴らしさを感じます。そこでつくった造語です。「保存再生」の考え方は、古い建築の修復だけでなく、新築においても有効であると思っています。
ヴェニス憲章の第9条には、建築の保存再生において、推測による修復や、以前からそこにあったような嘘をつく設計をしてはならない、という記述があります。その点において、東京都の歴史的建造物に選定されている有楽町のDNタワー21(1995年)は疑問が残ります。L字の第一生命館と、そのくぼみに収まるように建っていた四角形の農林中央金庫有楽町ビルの2つを保存・再生しながら1つの街区として再開発するプロジェクトでしたが、アメリカの建築家が、農林中央金庫有楽町ビルのファサードを解体・移動し、第一生命館と合体させて1つの建物にしてしまいました。しかも中は全くの新築です。大学の授業でもよく題材として取り上げるのですが、とある大学の法学部の学生と議論した際には、多くの法学部の学生が「これはヴェニス憲章に違反する」という結論を出しました。保存再生の設計はとても難しく、建設時の周辺環境や時代背景、デザイン意図、どんな素材がオリジナルで使われていたのか、などを深く理解する必要があります。「the destroyer(ザ・デストロイヤー)」と呼ばれたイギリスの建築家、ジェームズ・ワイアット(1746-1813年)のように、改修が破壊になってはならないのです。
鹿児島大学はイタリアのフィレンツェ大学と交流があり、卒業設計の発表では、破壊的改修とは逆の視点を垣間見ることができました。新たに建物を建てることが少ない国では、どんな建築を学んでいるのか、私自身もとても興味がありましたが、展示された卒業設計の図面や模型はごく簡単なもので、ほとんどは敷地の説明と分析でした。私が日々学生に伝えているのは、「そこにあるのは『今の』敷地の姿。過去に起こった出来事を知り、過去・現在・未来を捉え、見えないものを見るのが建築家の仕事である」ということです。
また、建築作品が評価されるためには、その建築がいかに社会に貢献しているか、そして空間や形態の意図を誰しもが理解できるように示すことが大切ですが、特に設計の根拠として不可欠なのが敷地のコンテクスト(文脈)です。「時とともに使い続けられ、常に対峙できる建築」つまり「社会資本となる、人間のための建築」なのか、あるいは「消費される、ユーザのための建築」になってしまうのか。このことを200年前に「用と美」と表現したヴィクトル・ユーゴーは、やはり素晴らしいと思います。数ある建築作品賞の審査でも、そうしたプレゼンが評価を左右します。また、審査員が誰なのかをよく知る必要があります。日本建築学会は一般社団法人で、学会員のための賞であり、審査員は大学教授が多数です。JIAは公益社団法人で、企業でも、個人の建築家でも応募ができ、建築家が主な審査員です。それぞれにどのようなストーリーが響くのか、緻密な戦略が欠かせません。
Before-Afterもよいですが、Before-Beforeで魅力ある要素を不変のものとすることもよいことです。それは新築においても同様で、歴史を辿り、今に活かす精神を忘れてはならないと思います。
Q今も世界各地でさまざまな建築保存再生の動きがあります。沖縄の首里城は火災で消失後すぐに再建の動きがあり、パリのノートルダム大聖堂も火災による被害をいかに修復すべきかが議論されています。それぞれどのように考えていますか?
A : 今後、永らく世にあるために、どのような工法で、どのような形に修復されるべきか、いずれの建築もよく議論をすべきだと思います。ノートルダム大聖堂はフランス革命で破壊され、19世紀にフランスの建築家、ヴィオレ・ル・デュク(1814-79年)の手で徹底的なゴシック建築へと修復されましたが、従前の姿とは全く異なるものでした。内部がロマネスク様式だったこともあります。こうした歴史を踏まえた再建になっていくのではないでしょうか[写真3]。東京駅も、戦後復興の象徴である三角屋根か、それ以前のドーム屋根か、どの時代のデザインに戻すべきかを議論した結果、竣工時のドーム屋根に復原されました。首里城は、地域住民がアイデンティティを強く感じていたため、すぐに再建の声が高まりました。それは本来建築が持っている力ですが、現代の都市の建築にはないものだと思います。東京の人が愛着を持てないのは「住み続けること」を忘れてしまったからだと思うのです。
まもなく定年で退官を迎えるので、その後は、今住んでいる加世田のまちづくりに関わっていきたいと思っています。まちづくりは実際にその土地に長く住まないとできないと感じています。歴史ある地域ならではの魅力もある一方、なかなか一筋縄にはいきません。実は、加世田には私の父の生家があり、これを取り壊すことになった時に、JIAで募集していた住まい・まちづくり担い手事業(国土交通省)に応募、採択されたことが、鹿児島大学で教鞭を取る契機にもなりました。それも、三菱地所設計時代に上司のすすめでJIAに参加していたからで、どこで何がつながるかわかりませんね。時間をかけて信頼を得ながら土地を知り、建築の保存再生に関わっていけたらと思っています。
[写真3]修復中のノートルダム寺院
鯵坂 徹/鹿児島大学教授
PROFILE:あじさか・とおる/1957年愛知県名古屋市生まれ、大阪育ち。1983年、早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻修了後、三菱地所株式会社(現:三菱地所設計)入社。2013 年、三菱地所設計を退社し、鹿児島大学大学院理工学研究科建築学専攻教授に着任。着任後は建築設計の授業を担当、近現代建築の保存再生や地域活性化、地域資産活用の活動やフィレンツェ大学との交流に取り組む。JIA 優秀建築選タスクフォース主査、JIA 九州支部鹿児島地域会幹事 ICOMOS 20th Century Heritage-NSC20C 委員、DOCOMOMO Japan 副代表、日本建築学会ワークプレイス小委員会委員等も務めている。
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