DISCUSSION
Vol.36
竹内 泰 東北工業大学教授(- 2021年度)、株式会社あび清総合計画 代表取締役社長(2022年度-)
地域プロジェクトを通して見えてくる
建築に求められる「+α」[後編]
2022/4/25
静岡県某市の海岸におけるバリアフリー化提案のスケッチ(1998年)
Q社会情勢の変化に伴って、建築に求められるものが変わったと感じた事例はありますか?
A : 20年越しに同じ地域での提案を再び依頼された事例があります[スライド1-4]。会社に在籍していた1998年に、静岡県某市で地元の有志たちが地域イベントを開催することになり、その様子が伝わるようなスケッチをちょっと描いてくれないかという個人的な依頼を受けました。そこで、子どもたちが浜辺でトライアスロン競技をする「ちびっ子ビーチトライアスロン」の会場イメージ図をスケッチしました[ページトップ左]。それに加え、浜辺のバリアフリー化のイメージ図も描いてほしいとのことで、市内のとある浜辺を対象として、海水浴の安全とバリアフリーを両立させる浜辺の提案を行いました。駐車場を拡張し、浜辺にデッキを設置して、ライフセービングの合宿所や小さなシャワーブースが点在するようなイメージ図でした[ページトップ右]。緊急時の待機場所なども想定しながら提案しましたが、具体的な進展はなく時間が過ぎていきました。
ところが数年前のある日、それらのスケッチを再び使用したいという問い合わせがありました。20年の間に地元の有志たちは社団法人を設立し、海に関するイベントを中心に活動を続けていたのです。今回は、海との新しい関わり方を軸に「明日のまちの姿」を提案してほしいとのことでした。「まち」がテーマということで、1998年に提案した東側の浜辺に加え、中心市街地に最も近い西側の浜辺も加えて提案をすることとなり、これまでの「まち」の変化とそれぞれの浜辺の位置付け、そこでのさまざまな海のアクティビティの可能性を検証しながら資料を作成しました。
西側の浜辺は小さな入江で、変化に富んだ地形となっており、地元の方々に親しまれています。落ち着いた浜辺ですので、バリアフリー化だけでなくダイビングやサップのスクールを設け、さらには近隣の教育研究施設とも連携しながら海の学校を開催するなどのアイデアを盛り込んでいます。また、かつてスケッチを描いた東側の浜辺ではバリアフリーを超えたユニバーサル化や、ペットとの共生、漁業者との連携したアクティビティなどを想定し、ゾーニングしながら段階的にエリアを整備していく提案をしています。それらにあわせて、災害時の避難所にも利用でき、当初提案していたライフセーバーたちの合宿所にも使え、さらには地元の人びとがふだん使いできるコミュニティ基地となるような建築物も提案しています。
20年の間に社会情勢も地域の状況も大きく変化し、当時とは違うニーズや地域課題に取り組むことになった事例と言えます。
[スライド1-4]事例3:静岡県某市における海浜整備とまちづくりの提案(1998年、2017年-)
Q地域のニーズが20年前と大きく変わった背景には、どのような状況変化があったのでしょうか?
A : 海の美しさで有名な地域であることから、従来の経済構造は、夏を中心に海水浴などの観光で多くの外来者が訪れ、地元住民がサービスを提供するというシンプルなものでした。近年は観光が多様化したことで、通年型の観光が展開されつつあります。さらに、働き方改革やコロナ禍によって、リモートワークやワーケーションなど、東京などの大都市との2拠点で生活をするようになった人びとが多くなり、地域のゆったりした環境を享受し、サーフィンや釣りなどのアクティビティを、一年を通して楽しみながら居住する、いわば「半居住」のような新しい居住形態が定着しつつあります。ライフスタイルとして、そういった住まい方が一般化しつつあることから、多様な人びとをどのように受け入れ、経済的にも活かしていくかが地元の課題でもあり、海との新たな関わり方を切り口に、新しい暮らしとその受け入れ方を示したのが今回の提案でした。
町では住民の生活の変化がリアルに実感されていて、地域と社会の変化に対応した環境整備はもちろんですが、目の前の課題解決だけでなく、SDGsなどの長期的な戦略も含め提案を練っていくことも求められています。夏だけでなく通年利用を促す海浜整備を行うことで、地域の可能性を見出そうという意識はすでに地元では共有されており、これからその具体的な提案を図化していく段階と言えます。単に環境整備や設備投資をするだけではなく、それらを有効かつ効率的に運用していくことも求められる社会となっていますので、丁寧な地域マネジメントも必要とされています。
Q三菱地所設計では、今日多くの大規模プロジェクトでスマートシティへの取り組みが求められています。規模は違うかも知れませんが、これらの事例で浮き彫りになった課題と重なる部分があるように感じました。振り返ってみて、どのように感じられていますか?
A : そうですね。今回、改めて国内外におけるスマートシティの潮流をまとめてみたのですが、2017-2018年の潮流が、2番目の事例と時期的に重なっていることを再確認しました[スライド5]。その時期には、フィンランド(ヘルシンキ)で各種交通インフラをスマートフォンやAI等の情報通信技術と組み合わせたMaaSが実用化され、イギリスでは都市BIMを導入、中国(杭州市、雄安新区)やカナダ(トロント)における面的なスマートシティの実現がなされています。2番目の事例において考察された課題の解決策となりそうな取り組みが、海外では同時期に行われていました。今思えば、もう少し踏み込んでこれらの事例調査を深め、スマートシティ関連の提案もできていたらよかったと思います。
また、今回、三菱地所設計がスマートシティ実現に向けて掲げる「人の活動を変容させる7つの『変わる』」に、私のご紹介した3つの事例を重ねて考察してみました[スライド6]。事例1(山形県某町)では当てはまるニーズがそれほど多くなかったのですが、事例2(岩手県某町)はスマートシティと関連する課題が多く含まれています。事例3(静岡県某市)ではさらに重なる部分が増えていることがわかります。建築の提案背景が、世界的に展開するスマートシティの流れと次第に重なっていくことが確認できます。都市であれ、地域であれ、解決すべき課題には共通性があることもここで同時に確認できます。
これらから、建築を提案する際には、社会的変化のなかでどのようにその提案が位置付いているのかというリサーチが非常に重要となり、リサーチから見えてくる各要素を有効に提案に取り込んでいくことが、よりよい建築を実現させるために必要となってきていると言えるのではないでしょうか。建築と周辺環境との関係を探る、建築を取り巻く人びとの理解や納得を得る、IoTやテクノロジーの流れにも配慮するなどの多視眼的なリサーチを基にしたアプローチが、これからの建築提案には求められると考えます。
[スライド5]国内外におけるスマートシティの潮流
[スライド6]三菱地所設計 “人の活動を変容させる7つの「変わる」”と3事例の対応表
竹内 泰/東北工業大学教授
PROFILE:たけうち・やすし/1967年大阪府生まれ。1994年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士前期課程修了後、三菱地所(現:三菱地所設計)入社。2009 年、宮城大学デザイン情報学科准教授を経て、2015年、東北工業大学工学部建築学科准教授に着任。2019年より教授。2020年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程修了。専門は建築設計、建築計画、建築史、都市史。主な研究活動に、「聖祠の配置から解明する東南アジアの多層的都市文化の漸層性に関する研究」ほか。2022年4月より、株式会社あび清総合計画代表取締役社長。
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