DISCUSSION
Vol.1
山田晃三 株式会社GKデザイン機構 取締役相談役
建築 ――― インダストリアルデザインからの視座[前編]
2018/09/21
Q日本では戦後誕生したといわれる
「インダストリアルデザイン」とは、どのような職能でしょう?
A : ひと言でいえば「夢をカタチにする」仕事です。19世紀、産業革命が起こった英国で、発明狂時代(Victorian Inventions)というのがありました。技術革新によって何でもできると、皆が夢見た時代です。ここがインダストリアルデザインの出発点です。インダストリアルデザイナーは楽天的な人が多い。皆「未来は明るい」と信じていた。SF映画に登場する家電や車がまさにそうで、「これがあったら最高だ」と思うモノを対象に、日々デザインしてきました。
私の所属するGKは「Group of Koike」の略で、1952年、インダストリアルデザインを志す東京藝術大学の学生グループが、担当教官・小池岩太郎助教授の名を冠し、
その後、60年以上にわたってGKはモーターサイクルのデザインを手がけています。モーターサイクルは「馬」の代替です。骨格(フレーム)があって、足(車輪)があって胃袋(タンク)もある。口(吸気口)から空気を吸い込んで、酸素が心臓(エンジン)を動かす。排気は器官(エグゾーストパイプ)を通って放出(マフラー)される。こうしたGK流の見立ては伝統になっています。新商品の開発は、どのような性格・機能をもつ「馬」をつくろうか、という話し合いから始まります。もちろん部品一つ一つはその機能が重要であり、ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う(Form Follows Function)」であるわけですが、どのような関係性を持って全体をつくるか、ということが馬の性格につながります。目指すのは、まさに「人機一体」。人と機械が同時に危険を察知して同時に回避する。「人がどうしたいか」と「機械がどう動くか」、瞬時にその意思疎通ができるかどうか、ここがモーターサイクルの肝だと考えています。人と機械の心が一つになる瞬間が、ものづくりの一番面白いところではないでしょうか。
モーターサイクル "YA-1"(ヤマハ発動機 / 1955年)
モーターサイクル "VMAX"(ヤマハ発動機 / 2008年)
Q商品そのもののありようからデザインされているのですね。
A : 時代の変化や技術の進化とともに、デザインの役割 ——— つまり「何を」デザインするかも変わってきました。例えば、先の"YA-1"と同時期にデザインした、ヤマハのオーディオ機器「Hi-Fiチューナー "R-3"」は、機能と外観が一体となった上で、シンプルかつ明快なデザインが特徴です。ダイヤルの位置、大きさ、メーターの動き、端正なプロポーションは極めて日本的です。その後、1980年にデザインしたのが「ステレオパワーアンプ "B-6"」。この頃になると電子技術が進歩し、中身はコンパクトになり、内部と外部の関係が稀薄になります。外観は自在にデザインできるようになると、形態は機能よりも、どんな「意味」があるのかが重要になる。ルイス・カーンが「形態は機能を喚起する(Form Evokes Function)」と言ったように、形態に、これがどんなものなのかを呼び起こす力が求められるのです。このパワーアンプでは、ピラミッド型の四角錐形態でその「高品質パワー」を表現しました。
また、GKの代表作であり、今日も変わらぬデザインで親しまれているキッコーマンの「しょうゆ卓上びん」は、注ぎ口のキレの良さだけでなく、使う時の所作の美しさを追求したデザインです。首のあたりを3本の指でつまみ傾けていくと、重心が下にあるため右手の肘を左手で支えることになる。これが世界100カ国に輸出された日本食の作法です。また、公共交通も長年手がけています。JR東日本の成田エクスプレス、JALの旅客機のシートやインテリアのデザインは、いずれも日本のナショナルブランドとなるものです。インテリアなど移動の快適性はもとより、利用者に対する「迎賓の心」を意識して、「赤色」を各所に配しています。サブカラーの黒と白とともに、日本を連想できるデザインコードです。都市環境の分野では、西新宿のシンボルとなっている「サインリング」。信号・照明・サイン・カメラなどの機能をこのリングに一体化しました。交差点に必要な機能に加え、この場所の象徴性を思考し、新たな風景を生み出しました。
Hi-Fiチューナー "R-3"(ヤマハ / 1954年)
キッコーマン しょうゆ卓上びん
(キッコーマン / 1961年)
ステレオパワーアンプ "B-6"(ヤマハ / 1980年)
ステレオパワーアンプ "B-6"
(ヤマハ / 1980年)
西新宿 サインリング(東京都 / 1994年)
成田エクスプレス “NEX"(東日本旅客鉄道 / 2009年)
成田エクスプレス “NEX"(東日本旅客鉄道 / 2009年)
Q日常的によく目にするものの多くを手がけられていますが、
GKは一般的には知られていないように思います。
あまり表にGKの名前を出さないのはなぜですか?
A : そもそもインダストリアルデザイナーで有名な人は、カーデザイナーくらいじゃないでしょうか。工業製品は日常生活の中で量産され、空気のように使われています。榮久庵憲司も業界では著名であっても、世間では知られていない。普段使っているモノを誰がデザインしたか、世間はそれほど興味をもたないのではないでしょうか。デザイナーよりもメーカー名、メーカーブランドが重要なのです。私たちのクライアントはそのブランドを強化したいと願っている。紹介したGKの作品はほんの一部、この何十倍、何百倍の対象を日々デザインしています。また一方で、GKが得意なのはB to Bの世界です。産業機械、建設用重機、医療用機器、精密工具など、プロが誇りをもてるようなモノをデザインしてきました。インダストリアルデザイナーは基本的に縁の下の力持ち的な存在だと思っています。あと、工業製品は一人ではできない領域だから、だれがデザインしたか言い切れないところがある。やっぱりエンジニアの方がすごい!と思う瞬間もたくさんあります。
とはいえ、GKのファンは結構います。実際に一緒に仕事をして信頼関係を結んだ人たちです。「これやっぱりGKさんですか、何となく分かります」と言ってくれたときは、一番嬉しいですね。
油圧ショベル “LEGEST SH 200"(住友建機 / 2007年)
[写真提供(ポートレート以外):GKデザイン機構]
山田晃三/株式会社GKデザイン機構 取締役相談役
PROFILE : やまだ・こうぞう/1954年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部卒。79年GKインダストリアルデザイン研究所(現GKデザイングループ)入所。GKとマツダ株式会社との合弁によるGKデザイン総研広島代表取締役社長を経て、12年GKデザイン機構(GK Design Group Inc.)代表取締役社長。16年より現職。公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会理事、公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)Gマーク審査員フェロー。九州大学大学院芸術工学研究院非常勤講師。道具学会監事。
GKクループ http://www.gk-design.co.jp/
ARCHIVE
-
Vol.1
建築 ― インダストリアル デザインからの視座[前編]
山田晃三/株式会社GKデザイン機構 取締役相談役 -
Vol.2
建築 ― インダストリアルデザインからの視座[後編]
山田晃三/株式会社GKデザイン機構 取締役相談役 -
Vol.3
戦後の「ビル」から、これからの再開発を考える[前編]
倉方俊輔/建築史家 -
Vol.4
戦後の「ビル」から、これからの再開発を考える[後編]
倉方俊輔/建築史家 -
Vol.5
未来のワンシーンを描く ー 1枚のスケッチの求心力[前編]
福田哲夫/インダストリアルデザイナー -
Vol.6
未来のワンシーンを描く ー 1枚のスケッチの求心力[後編]
福田哲夫/インダストリアルデザイナー -
Vol.7
環境建築・健康空間が経済を動かす ー ESG投資とウェルネスオフィス[前編]
田辺新一/早稲田大学創造理工学部建築学科教授 -
Vol.8
環境建築・健康空間が経済を動かす ー ESG投資とウェルネスオフィス[後編]
田辺新一/早稲田大学創造理工学部建築学科教授 -
Vol.9
イノベーションを起こすワークプレイス ― 環境が変われば、働き方が変わる[前編]
小堀哲夫/建築家 -
Vol.10
イノベーションを起こすワークプレイス ― 環境が変われば、働き方が変わる[中編]
小堀哲夫/建築家 -
Vol.11
イノベーションを起こすワークプレイス ― 環境が変われば、働き方が変わる[後編]
小堀哲夫/建築家 -
Vol.12
「社会のゆらぎ」をデザインする—— 広場的空間の研究vol.1[前編]
岡部祥司/株式会社スノーピークビジネスソリューションズ エヴァンジェリスト、NPO法人「ハマのトウダイ」共同代表 -
Vol.13
「社会のゆらぎ」をデザインする—— 広場的空間の研究vol.1[後編]
岡部祥司/株式会社スノーピークビジネスソリューションズ エヴァンジェリスト、NPO法人「ハマのトウダイ」共同代表 -
Vol.14
稼働率100%の公共空間のつくり方—— 広場的空間の研究vol.2[前編]
山下裕子/ひと・ネットワーククリエイター、広場ニスト -
Vol.15
稼働率100%の公共空間のつくり方—— 広場的空間の研究vol.2[後編]
山下裕子/ひと・ネットワーククリエイター、広場ニスト -
Vol.16
劇場空間の現在、そして未来—— 広場的空間の研究vol.3[前編]
伊東正示+丸山健史/株式会社シアターワークショップ -
Vol.17
劇場空間の現在、そして未来—— 広場的空間の研究vol.3[後編]
伊東正示+丸山健史/株式会社シアターワークショップ -
Vol.18
デザインの力で未来を切り拓く—— 若手アーティストの発掘[前編]
桐山登士樹/デザインディレクター -
Vol.19
デザインの力で未来を切り拓く—— 若手アーティストの発掘[中編]
桐山登士樹/デザインディレクター -
Vol.20
デザインの力で未来を切り拓く—— 若手アーティストの発掘[後編]
桐山登士樹/デザインディレクター -
Vol.21
映画で描かれる建築
—— 1960年代の特撮テレビと喜劇映画[前編]
磯達雄/建築ジャーナリスト -
Vol.22
映画で描かれる建築
—— 1960年代の特撮テレビと喜劇映画[後編]
磯達雄/建築ジャーナリスト -
Vol.23
「リノベーション」を通じて見る、これからのデザインプロセス[前編]
馬場正尊/建築家 -
Vol.24
「リノベーション」を通じて見る、これからのデザインプロセス[中編]
馬場正尊/建築家 -
Vol.25
「リノベーション」を通じて見る、これからのデザインプロセス[後編]
馬場正尊/建築家 -
Vol.26
イノベーションを起こすワークスタイル
――― 新しい時代の生き方vol.1[前編]
坂本崇博/合同会社SSIN代表、コクヨ株式会社働き方改革プロジェクトアドバイザー -
Vol.27
イノベーションを起こすワークスタイル
――― 新しい時代の生き方vol.1[後編]
坂本崇博/合同会社SSIN代表、コクヨ株式会社働き方改革プロジェクトアドバイザー -
Vol.28
ウェルネスとパフォーマンスマネジメント
――― 新しい時代の生き方vol.2[前編]
平井孝幸/株式会社ディー・エヌ・エー CHO室 室長代理、合同会社イブキ 代表 -
Vol.29
ウェルネスとパフォーマンスマネジメント
――― 新しい時代の生き方vol.2[後編]
平井孝幸/株式会社ディー・エヌ・エー CHO室 室長代理、合同会社イブキ 代表 -
Vol.30
大人を惹きつける「水塊」のつくり方
――― サンシャイン水族館「天空のオアシス」[前編]
中村元/水族館プロデューサー -
Vol.31
大人を惹きつける「水塊」のつくり方
――― サンシャイン水族館「天空のオアシス」[後編]
中村元/水族館プロデューサー -
Vol.32
大人を惹きつける「水塊」のつくり方
――― カスタマー起点の発想で、水族館を「メディア」化する
中村元/水族館プロデューサー -
Vol.33
Before-Before建築論
――― 歴史を紐解く設計術[前編]
鯵坂徹/鹿児島大学教授 -
Vol.34
Before-Before建築論
――― 歴史を紐解く設計術[後編]
鯵坂徹/鹿児島大学教授 -
Vol.35
地域プロジェクトを通して見えてくる
建築に求められる「+α」[前編]
竹内泰/株式会社あび清総合計画 代表取締役社長 -
Vol.36
地域プロジェクトを通して見えてくる
建築に求められる「+α」[後編]
竹内泰/株式会社あび清総合計画 代表取締役社長 -
Vol.37
2050年、カーボンニュートラル実現に向けた日本の戦略[前編]
齋藤卓三/一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長 -
Vol.38
2050年、カーボンニュートラル実現に向けた日本の戦略[後編]
齋藤卓三/一般財団法人ベターリビング 住宅・建築センター評定・評価部長 -
Vol.39
人びとを幸福にする、データを活用したまちづくり[前編]
一言太郎/ニューラルポケット株式会社 理事 -
Vol.40
人びとを幸福にする、データを活用したまちづくり[後編]
一言太郎/ニューラルポケット株式会社 理事 -
Vol.41
サインとは何か? サインデザインとは何か? [前編]
八島紀明/情報デザイナー -
Vol.42
サインとは何か? サインデザインとは何か? [中編]
八島紀明/情報デザイナー -
Vol.43
サインとは何か? サインデザインとは何か? [後編]
八島紀明/情報デザイナー -
Vol.44
火事に負けない木造建築物をつくる [前編]
安井昇/建築家、NPO法人team Timberize理事長 -
Vol.45
火事に負けない木造建築物をつくる [後編]
安井昇/建築家、NPO法人team Timberize理事長 -
Vol.46
Light is Life: 太陽の地球で人間と [前編]
東海林弘靖/照明デザイナー -
Vol.47
Light is Life: 太陽の地球で人間と [後編]
東海林弘靖/照明デザイナー -
Vol.48
世界は可能性に満ち溢れている―― プレイフルに知覚し、アクションを起こそう! [前編]
上田信行/同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長 -
Vol.49
世界は可能性に満ち溢れている―― プレイフルに知覚し、アクションを起こそう! [中編]
上田信行/同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長 -
Vol.50
世界は可能性に満ち溢れている―― プレイフルに知覚し、アクションを起こそう! [後編]
上田信行/同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長 -
Vol.51
次世代交通とこれからの都市計画 [前編]
森本章倫/早稲田大学理工学術院教授、日本都市計画学会会長 -
Vol.52
次世代交通とこれからの都市計画[中編]
森本章倫/早稲田大学理工学術院教授、日本都市計画学会会長 -
Vol.53
次世代交通とこれからの都市計画[後編]
森本章倫/早稲田大学理工学術院教授、日本都市計画学会会長 -
Vol.54
マインド・チェンジ―― 未来に発展する企業像をめざして [前編]
川原秀仁/ALFA PMC代表取締役社長 -
Vol.55
マインド・チェンジ―― 未来に発展する企業像をめざして [中編]
川原秀仁/ALFA PMC代表取締役社長 -
Vol.56
マインド・チェンジ―― 未来に発展する企業像をめざして [後編]
川原秀仁/ALFA PMC代表取締役社長