「脱・単純リプレース」へ ZEB 化リノベーションの取り組み方(前) 既存ストックのZEB化改修
設備設計者が語る。
環境・設備の
アイデアノート
Vol.12
2024.05.30
- #ZEB
- #リノベーション
- #省エネ
- #カーボンニュートラル
クライアントの「環境経営」をリノベーションの技術力でサポート
近年、「カーボンニュートラル」「ESG投資」といったワードがあたりまえのように聞かれるようになりました。こうしたさまざまな環境関連の社会的トピックについて、各企業はどんな取り組みを行っているのか、そして、私たち設計者には何を求められているのかを精緻に理解する必要があります。
運用時に多くのエネルギーを消費するオフィスビルには、世の中から多様な環境配慮への取り組みが要請されています。しかし、ビルの所有者にとって、その取り組みは事業として投資に見合うあり方で行われる必要があるので、まずはエネルギーの使用量を低減し、「CO2の排出量を削減する」ことが大切です。
それぞれの企業に対して、① 現状の把握、② 削減目標の設定、③ 削減目標に対する計画と実行、というサイクルを回し、サステナビリティレポート※1やTCFD※2などに代表される情報の開示が求められています。
各企業に求められるCO2排出量削減サイクルとその情報開示
(炭素会計アドバイザー協会の作成による図をもとに三菱地所設計にて作成)。
当社では、2021年11月より、リノベーション設計部にカーボンニュートラル計画室(旧名称:カーボンニュートラル推進室)を設置し、主に①~③に関する技術提案を行う「CO2の排出量削減の検討」と、省エネの延長として、より根本的なレベルから省エネ・創エネに取り組む、「既存建物のZEB化への検討とその推進」を行っています。
これまでは、「自社が保有するビルでは、いつまでに、どの程度のCO2を削減できますか?」という計画の立案についての相談が多かったのですが、昨今では「どのビルだったらリノベーションでZEB化を達成できますか?」という、ZEB化そのものを目指すケースが増えています。これは、CO2の排出量削減についての認証制度がないためであると考えられる一方で、環境意識の高い入居者や投資を呼び込むことがニーズとして増えていることを示していると感じます。
- ※1 サステナビリティレポート:企業が社会的問題にどのように取り組んでいるのかを、透明性のあるかたちで公開するための書類。
- ※2 TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)。TCFDは企業などに対して、気候変動リスクについて、どのような体制・戦略のもと、指標や目標を掲げて取り組んでいるか、といった情報開示を推奨しています。2024年以降、TCFDから国際会計基準(IFRS)財団へと開示モニタリングが移管されることとなり、IFRSをベースとした開示基準が日本でもSSBJとして開発されています。
「単純リプレース」ではなく、効果的な「変化」を提案
2024年4月から新築建物の省エネ基準が引き上げられました。前述のような高い環境性能へのニーズの高まりから、ZEB認証を取得した新築建物の普及はより進んでいくと予想されます。その一方で、具体的な規制や政策が示されていないためにあまり進んでいない、大量の既存建物の省エネ化、ZEB化を図らないことには、「既存ストック平均でZEB水準」、「カーボンニュートラル社会の実現」という国が掲げる目標達成は困難です。
カーボンニュートラル計画室のクライアントの業態はさまざまであり、日々、多様な省エネ化やZEB化の相談をいただいています。ここには、投資法人や金融機関をはじめ、複数棟のオフィスビルを保有する企業も含まれています。私たちが行っている「ビルをZEB化する改修」は、こうした事業者のポートフォリオ(一連の不動産資産)全体に対する提案も可能です。多数のビルに対して同時にアプローチし、省エネ化・ZEB化を図っていけることから、社会全体のカーボンニュートラル化を推し進める取り組みであると言えます。
非住宅建築物の既存ZEB実績の推移(事務所のみ)。
2021年度から急速に増えている新築に対し、既存ビルをZEB化した実績件数は未だ少ないことがわかります。
出典:(一社)住宅性能評価・表示協会 事例データ
日本のオフィスビルのストック量。
2022年の新築床面積は、これまでに竣工したオフィスビル(=既存ビル)のわずか1%あまりにすぎません。
出典:(一社)日本不動産研究所 全国オフィスビル調査(2023年1月現在)調査結果公表資料
既存建物、特にテナントオフィスビルのZEB化が進まない背景には、仕様変更に伴う「照明が暗くなってしまうのでは?」「暑くなった・寒くなったといった声が挙がるのでは?」といった入居者からのクレームを懸念し、事業者が空調や照明の環境を大きく変えることを避けて、「リプレース=既存設備の高効率機器へとただ置き換えること」で改修してしまうケースが多く見られることにあるようです。
ZEB化へのはじめの一歩は、この「『単純リプレース』をやめること」。現地調査に基づいて、リアルな使われ方に合わせた設計条件を再設定し、「現状からどう変わるか」をクライアントやビル管理者に丁寧に説明し、理解してもらいながら設計を進めることが重要です。その中で、空調システムの変更や空調容量・設計照度の変更を提案することがありますが、こうした環境の変化がクレームにつながることを心配されるケースも多く、提案の上ではリスクも少なからず存在します。
しかし、ZEB化は単に既存設備を高効率機器に置き換えるだけでは困難で、設計者が踏みこんだ提案をしていくことが大切だと感じます。これまでの改修実績や、蓄積してきたノウハウ、供用時の検証によってリスクを抑えていくことができるでしょう。
<後編に続く>