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連載|ものづくりの視点

造る人への思いやり

岩井 光男

今年も春が訪れ、学校出たてのフレッシュな若者が実社会の仲間入りをしてきた。私の勤める設計事務所にも十数人の新入社員が入ってきた。3Kと言われ、さらに耐震偽装やアスベストなど問題山積の建設業界に、よくぞ志願してくれたと褒めてやりたい。

最近は大学の建築学科を卒業しながら建築関係には進まず、金融、商社、不動産関係などへの就職を希望する学生が年々多くなっているようである。勝ち組、負け組といった嫌な言葉があるが、若い人たちがその勝ち組に憧れ、群れている現実がある。その一方で、経営者も短期的な収益結果に敏感に反応する株式市場に神経を注がざるを得ない状況にある。市場の評価には人や文化に対する配慮はあまりない。プロセスよりも結果が評価される今の日本の経済システムは、時間をかけて人を育てる環境とはいいにくい。ものづくりを目指す若い人たちの将来は大変厳しく、建設業界の未来を明るく描くのは難しい状況にあるといえる。

ものづくり、特に建築ではその製作過程における人の関わりが建築の品質を決め、出来についてはそれに携わる職人の技に負うところが大きい。私が担当した日本工業倶楽部会館の保存再生工事では、熟練した漆喰職人や飾り金具職人のおかげで見事に昔のインテリアが再生された。昨年春に完成した京都迎賓館もまさに匠の技の結晶である。良い建築を造るには良い造り手がいなければならない。しかし、残念なことに優れた技術を持った職人が少なくなってきている。そもそも職人が一人前と言われる技術レベルに到達し、さらに優れた匠になるためには多くの経験と年月を必要とするのだが、現代の建築では彼等が技を発揮する場所自体が少なくなっている。その大きな原因は建築が短期的な経済システムに組み込まれてしまい、建築を養生し熟成させるといった金と時間をかける職人技を避けるようになったことにあろう。もっと長期的視野に立って文化的価値を評価できる環境を造ることが必要である。

大手ゼネコンの談合決別宣言後、国の大型工事の落札価格が予定価格を大きく下回る結果が出ていると聞く。国民の血税を無駄に使わないという点では効果があったと思われるが、低価格受注のしわ寄せが末端の下請けに大きく影響し、ひいては建築の品質までも左右することのないよう注意したい。一品生産である建築の場合、現場で製作にあたる人々の関わり方によってその品質が決まり、高品質のものを造るには高い技術レベルが要求される。見積合わせや入札にあたって、職人の技術を一山いくらという数字だけで判断しては、安物買いの銭失いになる確率が高くなる。良いものを造るためには見積合わせや入札を行う場合でも、技術を適正に評価する建築主の能力、姿勢、考え方が重要になってくるのである。ものづくりの品質は造る人の心と技量によって左右されるということを建築主は心に留めていてほしい。

建築は文化であるが故に建築主の人間性が問われる。良いストックを残すことはそれを造らせた建築主の社会的評価を高め、歴史にその名を残すことにつながってきた。企業の社会的責任(CSR)が強調される時代にあって、経営者は建築の文化的価値を再認識し、その文化を守り育むことで建築単体から都市、さらには日本の総合的な価値を高める役割をぜひ担っていっていただきたい。

造る人への思いやり