LIBRARY

連載|ものづくりの視点

壁の厚みから考えたこと

岩井 光男

4月の末、久しぶりにロンドンを訪れた。旅の目的は、私の携わる東京・丸の内再構築の第二ステージ最初のプロジェクト、「三菱一号館」復元工事の関連調査であった。三菱一号館は英国人建築家ジョサイア・コンドルの手によって設計され1894(明治27)年12月に竣工した丸の内最初のオフィスビルで、イギリスビクトリア時代のクィーンアン様式、地下1階地上3階の煉瓦造建築であった。その面する馬場先通りには次々と赤煉瓦オフィスが建設され、「一丁(いっちょう)倫敦(ろんどん)」と称され親しまれた。戦後、高度成長期のニーズに合わせて赤煉瓦オフィスは建て替えられ、1968(昭和43)年に三菱一号館も姿を消したが、丸の内の原点としてその後も丸の内を語るのに欠かせない建築となり、人々の心に残り続けた。それ故この復元工事には強い責務を感じている。

今回のロンドン訪問で強く印象に残ったこと、それは壁の厚みである。ロンドンの街中には数百年の時を経た建築が主要な都市景観となって現在も活用されている。新しい建築も各時代の建築様式やデザインの積層の中で生かされている。そのような歴史的深みをもたらす要素の一つが壁の厚みであると思う。三菱一号館は煉瓦造なので当然だが、1階の壁厚が約700mmもある。私たち建築設計者は建築のフォルムと内部空間を確認するため、壁を鉛筆で黒く塗りつぶしてみることがある。そうすることで壁の厚い組積造建築の構造の仕組みや建築内外のフォルム、外部との関係が良くわかる。土・木・石といった自然のものによって造られていた建築と、コンクリート・鉄・ガラス・軽金属などの工業製品によって造られる建築を比較すると、現代に近づくほど黒く塗りつぶすスペースは少なくなり、現代建築とそれ以前の建築の違いが実感される。

さて、その現代建築であるが、ロンドン市内と東京都心に建つビルの機能、デザインなどはさしたる違いがなく、経済のグローバル化と情報技術革新の中で建築も急激にグローバル化していると感じる。実際、世界中の大都市で同じような構造、材料、デザインの建築があふれている。これらは同時流行的な服飾デザインと似た感覚で、一見洗練されて見えるが、建築を文化として考えるならば、大きな課題が見えてくる。元来建築は、その土地の気候、風土そして文化との関わりの中で育まれてきたものであり、その文脈に沿って創造されることが理想である。しかし、地域性を無視した流行は私たちの良き文化を奪ってしまっている。いたずらに欧米の建築を追随するのはこの辺りで止めてはどうか。

真壁、障子で構成される日本の伝統的木造建築は日本の気候・風土・文化によって育まれた環境共生型建築である。地球環境問題を考えると我々はまさに日本建築の知恵に立ち返る必要がある。歴史を積み重ねたロンドンの街並みに素晴らしさを感じるように、世界の人々が日本・東京を感じる街づくりが望まれている。かつて三菱一号館が日本初のオフィス街の先鞭を付け一つの時代の幕を上げたように、その復元を通じて近代建築の記憶を新たにするとともに、日本らしい環境建築時代を切り開く建築に取り組んでいきたい。

壁の厚みから考えたこと