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連載|ものづくりの視点

景観づくりの原点

岩井 光男

先日、週の前後で福岡、札幌を訪れた。九州の首都、アジアの拠点として魅力を放つ福岡の発展は目覚しいものがある。博多周辺は九州の玄関口として、都市開発による魅力が増し、交通アクセスや回遊性の向上によって人の行動が変化しているし、天神周辺は大名、今泉、春吉地区にも賑わいが拡大している。航空法の制約から街を象徴するような超高層ビルがないため、落ち着いたスカイラインが街並みの特徴となっている。

一方、札幌は景気の回復とまでは行かないようだが、北海道観光の拠点として豊かな自然に囲まれ落ち着いた格子状の街並みは、国内外の人気が高い。最近、道内に住んでいた団塊の世代が、少子高齢化や人口減少の社会構造の中で除雪などの生活の不便を避け、都会の利便性を求めて札幌に集中するようになり、高層マンションの建設が目立っている。

成り立ちも社会状況も異なる両市だが、都市景観上、共通の問題点を抱えているように思われた。経済のグローバル化、企業競争がもたらした世界共通のブランドショップや全国一律のファサードのチェーン店が連なる街並みである。街から住民の顔が見えなくなり、文化の独自性も薄れていくようである。

景観法が施行されて一年、100近い自治体が景観計画を決める見通しであり、景観のもつポテンシャルは格段に大きくなった。景観計画を既存の歴史的景観をもとに立てるのはそれほど難しいことではないが、人々の景観への意識を醸成し、経済活動や生活空間との折り合いをつけて計画を実現させることは大変難しい。総論賛成・各論反対となりがちな景観問題において、必要なアプローチは身の回りから考えていくことだと思う。

100万都市、江戸の庶民文化を代表するものは、花と緑を楽しむことであった。特に、江戸後期には飛鳥山、御殿山、隅田川などの花の名所に加え、大名屋敷の庭園、寺社の緑によって江戸は緑園都市の様相を呈していた。長屋住まいの町人も路地に植木鉢を置いて草花を楽しんでいたという。戦後、東京に生まれ育った私も、打ち水された玄関先や季節を感じさせる路地の鉢植えなど、質素で清潔感のある街並みを時折り思い出す。そんな心に残る生活空間は、江戸時代から続く庶民文化そのものであったのだ。人々の生き生きとした生活を感じられる風景、そこに景観づくりの原点がある。

この原点に立って、道にゴミを捨てない、歩き煙草をしない、自宅の前くらいは掃除する、そして草花を愛でるなど、できることから始め、自分たちの街という意識を広げ、景観づくりへとつなげていくのである。もちろん、歴史的景観や自然景観の保全については大いに議論し、利害得失を超えて子孫に最良のものを残すよう努力すべきである。しかし、そこに住む人々の顔と地域の文化が感じられなければ人の心に訴えるもののない、形だけの景観となってしまう。地域の生活に根ざした文化として、身近なところから取り組んで、心に残る景観を次世代に伝えていきたいと思う。

景観づくりの原点