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連載|ものづくりの視点

負の連鎖

岩井 光男

先日、日本建築家協会から昨年の秋に行われた超低額入札事件の報告が会員にあった。某市立高校体育館の基本設計業務の入札で予定価格15,597,750円に対して472,500円で落札したというものであった。これを落札した設計事務所は歴史のある組織設計事務所で、その創始者は私も尊敬している建築家である。そのような事務所が“何故”このようなことをするのか信じられなかった。私も建築設計者の端くれだが、これでは顧客に対し十分なサービスを提供できるはずもなく、このようなダンピング入札を行って得をする者は誰もいない。この事務所の経営者は自身の社会的責任をどのように考えているのであろうか。

耐震偽装問題で失った建築業界の社会的信頼は回復されていないばかりか、いまだに構造設計の偽装問題は継続している。この超低額入札事件に続き、昨年末から元宮崎県知事を巻き込んだ土木設計事務所の贈収賄事件や名古屋地下鉄工事のゼネコン入札談合事件が明るみに出て、建設業界は非難の渦中にある。これでは信頼の回復などかなうはずもない。

建築を取り巻く利害関係者は主な者でも、建築主、設計者、施工者、行政、利用者、そして地域社会の人々がいる。建築が人間の環境、文化を創るものであるなら、その影響はそれらすべての人々に直接的、間接的に及ぶと考えなくてはならない。発注者も経済的優位性を武器にして、明らかに非常識な低価格と分かっていながらその入札価格を認めるようなことがあれば反社会的な行為として糾弾されるべきである。利己的な行為をしておきながらつくり手に心を込めたものづくりを要請することは身勝手である。このような行為を良しとするなら健全な社会は建設できない。設計者はダンピング、施工者は談合、発注者は作為的な業者指名を行っている状況では互いの信頼関係が生まれるはずがない。この三者の行為は連鎖的に他に及んでいく、その行為が社会的に負であれば必ず負の連鎖として人々の立場を苦しくしていく。私たちはこの負の連鎖を絶たなくてはならない。

厚生労働省が四万二千以上の事業所を調査してまとめた平成15年の賃金構造基本統計調査の中にある職業別平均年収ランキングを見ると、一級建築士はなんと全体の9位に位置している。1位は飛行機操縦士で平均年収は1485万円(平均年齢39.2才)でこれに比べると二分の一程度ではあるが、平均年収723万円(平均年齢38.8才)で堂々のトップテンに入っている。またベネッセ教育研究開発センターの第1回子ども生活実態基本調査によると、建築家は小学生のなりたい職業ベスト20の12位にランクされている。中学生では20位、高校生になると14位にランクされている。この結果から建築家は社会的に重要な職業と認められており、特に子供たちから見て憧れの職業であることが分かる。安倍首相は今、「美しい国・日本」をつくろうと国民に呼びかけている。国づくりにおいても建築家は期待される職業の一つである。国づくりは人づくりとも言われる。建築に関わる人々がやりがいを持ってものづくりに共に取り組んでいく、正の連鎖を再構築しなければならない。

そのために、自由競争の中にも相手を気遣う思いやりとフェアな倫理観が求められている。発注者、設計者、施工者が互いにフェアな信頼関係の中で築き上げる建築こそ、真に社会に貢献する建築なのである。

負の連鎖