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連載|ものづくりの視点

国際都市東京における景観

岩井 光男

昨年来、東京千鳥ヶ淵近くに建つイタリア人建築家ガエ・アウレンティ設計のイタリア文化会館がメディアを巻き込んだ景観論争になっている。外壁に鮮やかな赤色を大きく配したこの建物は皇居周辺の空間にそぐわない、とした周辺住民や各界著名人による外壁塗り替え要求に対し、今年2月来日したイタリアのダレーマ副首相兼外相は「個人的には美しい建物だと思う。芸術家には著作権があり、政府が色を塗り替えろと圧力をかけることはできない」と述べたという。その言葉にはイタリアという国の芸術、文化に対する考え方が端的に表れていると感じた。グローバル化とともに東京はさまざまな国の文化が混在する街になり、新しい都市空間を生み出している。その多様性が東京の街の魅力でもある。他方、戦争と高度経済成長を経て、江戸時代を起源とする街の歴史・文化的な景観は急速に失われ、統一感のない街並みが広がっている。

このような状況下で東京都は、美しく風格のある首都東京を実現しようと、景観法に定める考え方に(1)都民、事業者等との連携による首都にふさわしい景観の形成(2)交流の活発化・新たな産業の創出による東京のさらなる発展(3)歴史・文化の継承と新たな魅力の創出による東京の価値の向上、の3つの基本理念を加え、景観形成を進めていくとしている。そして建物の配置や形態、色彩など景観形成基準を設けて、これまでにない具体的な内容に踏み込んだ「東京都景観計画」が4月1日に施行された。

この基本理念については大いに賛成である。しかし景観形成基準の運用、特に建築物の外壁色を規制する色彩基準については、慎重に運用してもらいたい。色彩基準を表すのに用いられるマンセル値は、アメリカの美術家アルバート・マンセル(1858~1918)が考案した色彩表現体系「マンセル表色系」において色相、明度、彩度を組み合わせて数値記号化したものである。ちなみに丸の内で復元する三菱一号館の外壁煉瓦をマンセル値で表すと10R5 / 6、前川國男設計の東京海上ビルの外壁は10R4 / 6となる。これら外壁色を今回の大規模建築物における外壁基本色の色彩基準(明度4以上は彩度1以下)に照合すると、実は彩度の部分が大幅に適合しない。「一丁倫敦」と称され、西欧化の象徴として親しまれた丸の内の街づくりは、明治27年に竣工したこの三菱一号館から始まり、大正3年には辰野金吾設計で赤煉瓦の東京駅駅舎が出来上がった。丸の内の街の歴史的な色とも言える赤煉瓦の色が不適合となる景観色彩基準には大いに疑問を感じる次第である。

歴史の厚みを感じる街の色は、地域の人々が永年積み上げてきた文化の表れである。そもそも人の色彩感覚は主観による部分が大きい。感覚文化的なものは数値記号化して規制することに馴染まないし、白黒はっきりさせる問題ではない。実際、先のイタリア文化会館の問題についても賛否両論さまざまな意見がある。

木と土壁と屋根瓦の街並みに赤煉瓦の西洋建築が現れた当時、東洋と西洋を往来した英国の詩人ジョセフ・ラドヤード・キップリングは「東は東、西は西、両者が出会うことはない」という詩を残した。 それから120年近くが経ち、グローバル化が進む現代社会では、異文化との衝突は避けられない。むしろ異文化と混じりながら新しい文化の創造を目指すべきであろう。新しい文化をどこまで受け入れ、従来の文化の何を守るのか、そしてどのような景観をつくっていくのか。これが私たちに与えられた課題である。

国際都市東京における景観