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連載|ものづくりの視点

建築家の職能

岩井 光男

2005年11月、国土交通省の公表によって明らかになった構造計算書偽造問題から3年。この間、2007年6月に施行された改正建築基準法は確認申請手続きに大変な混乱を来し、建設工事の円滑な業務遂行を妨げ、景気減衰の原因になった。現在、建築業界は折からの金融危機が追い打ちとなり、深刻な不況に見舞われている。そして、今年11月28日、改正建築士法が施行された。今回の改正の大きな特徴は構造設計一級建築士と設備設計一級建築士が新設され、一定の建築物について一級建築士はもとより構造、設備について各資格者による法適合チェックが義務化された。設計者の役割や責任の所在をはっきりさせることは再び偽装事件を起こさないためにも良いことである。しかし先日行われた第1回みなし講習の合格者の数と地域を見ると、現状では円滑な業務遂行は出来ないのではと心配になる。

構造、設備とも絶対数が足らないだけではなく、合格者が大都市圏周辺に集中し、地方では合格者が一桁という県もあり、地域偏在も甚だしいものであった。この結果から言えるのは、地方では一定以上の建築設計は出来ないということである。このままでは大都市圏と地方の格差は拡大するばかりか、地方の建築文化も衰退するのではと危惧している。法的な規制はどうしても技術的な問題に対処することになるが、今後地域の実情を考慮に入れた現実的なものに修正していく必要がある。建築は地方経済の活性化のために重要な役割を担っている。これから法がどこまでそれを後押しできるか期待したい。一方私たち建築設計者は建築が単に数値や技術だけのものではないことを自身の仕事で証明し、法規制にかかわらず自らの手で社会の信頼を得て行く必要があるだろう。

浜松医科大学の永田勝太郎先生が、「がんばらない」の著者鎌田實医師との対談で「全人的医療」という言葉をあげて医療のあるべき姿について述べている。その主旨は、医療は本来、病んでいる臓器だけを見るのではなく、あくまでも病を患った人間を包括的に見るべきであり、身体、心理、社会(環境)、さらに人間の実存性をも含んだ総合的な診断を行う必要があるという。この姿勢は、私たちの建築設計の仕事に置き換えても大変ためになる考え方であろう。現代建築は高度情報化社会において機能的にも技術的にも複雑化する中で建築それ自体が細分化され、建築に関する多くの専門分野を生み出してしまった。本来、建築設計で求められるべきことは総合性を構築することである。言い換えれば建築設計者は建築生産の全般にわたって総合的な知識を持ち、総合的に問題を解決する能力を持たなければならないということである。さらに建築は地球環境から経済危機まで人間社会を取り巻くすべての事象に関係していることを考えると、建築もまた人間の実存性に向き合い、思想や哲学との接点の中で創造されることが求められているのではないだろうか。「人の実存性と建築」、とかく心の荒廃が問題になる時代にふさわしいテーマである。

また、この機会に「建築家の存在する意味」についても考えてみてはどうだろうか。このような厳しい時勢にこそ、私たちの職能が人間社会に存在する意味を私たち自身が認識し、担うべき役割を果たして行かなければならないと考えている。

建築家の職能