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連載|ものづくりの視点

キャンデラのシェルを実現させた背景

深澤 義和

今も変わらないかもしれないが、筆者が建築構造学を学んでいた40年前、その2大テーマは耐震と大空間であった。大空間の構造を学ぶ中で、シェルという革新的な構造形式が取り上げられていた。シェルの力学は原理は簡単だが抽象的であり、どのように現実の形態に応用するかは難しい。しかし、いくつもの具体例の中で、フェリックス・キャンデラのHP(ハイパーボリック・パラボロイダル:双曲放物面)シェル構造物は、その特異な形から注目せずにいられないものであった。

その形は簡単に言えば、上に向かう放物線と下に向かう放物線が組み合わさった構造であり、見方を変えれば、2方向の直線群で形成される、鼓や鞍型のような構造である。力学的には厚みがそれほど意味を持たない仕組みであり、施工は直線的な型枠で可能となる。大空間の構造を代表するドームに比べれば、緊張感、軽快さなどが特徴で、キャンデラはHPシェルで構成される、ほとんどの形態を生み出している。

昨秋、長年、気になっていたキャンデラのHPシェルのいくつかを、川口衞氏(法政大名誉教授)に連れられ訪れた。最大の傑作はメキシコシティ郊外、ソチミルコに建つレストランである。このレストランは4つの鞍型HPシェルが相貫し、上から見れば8枚の花びらが開いたような形態となっている。外から見た形と内から見た形が変わることは、HPシェルに共通の感覚であるが、中から見ればこのレストランは内法30mの、外部に開放的なドームになっている。

キャンデラのHPシェルの素晴らしさを見て、それに関わる技術的な背景について考えてみた。一つは構造計算のことである。最初に書いたように、シェルの力学は難しい。川口氏によれば、キャンデラ自身もまたシェルの力学、なかんずく数値解析には深入りしなかったようである。しかし、彼は数学が得意で、細かい計算にそれほど意味がないという本質を理解していたようである。また、難しさは無理なかたちにすること、特に境界部を無理につくることから発生することを知り、そういう不向きな形態を排除した。そして、何よりも現物がものをいうと、解析・研究的態度より、設計的・実務的態度に向かった。そこには、彼の芸術的感覚、信念が反映されることとなった。

二つ目は、キャンデラ自身が建設に関わったことである。ソチミルコのレストランは1957年に建てられた。当時のメキシコでは一般的だったのかもしれないが、彼は建設することまで設計であると捉えていた。その中で、安く・早くできることを証明した。実際、彼は工場から教会まで短期間に多数の建設を実現している。

三つ目は耐久性に対する考え方である。シェルの厚さはたったの4cmである。日本の常識ではあり得ない薄さであるが、50年たった現在も塗装され健全に使われている。固練りのコンクリートで適切に施工しメンテナンスする、という鉄筋コンクリート造の原点に立脚している。この薄さが、経済性、美観、耐震性の鍵となっている。

振り返って現在の日本では制度上こうした考え方・方法は簡単には認められない。不健全な建設を排除するためにはやむを得ないと思うが、一方で画期的な建設もしにくくしているのではないだろうか。

キャンデラのシェルを実現させた背景