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連載|ものづくりの視点

街の表情を映し出す明かり

大内 政男

この春、東京丸の内に明治時代の明かりが復活した。ガス灯である。それは仄かに明るく、かすかに揺らぎながら、これもまた明治の建築を忠実に復元した三菱一号館のレンガの壁面をやさしく照らし出した。文明開化によってもたらされたこの明かりが暗闇に灯されるのを見て、当時の人々は新しい時代への期待にどれほど胸をふくらませたであろうか。

都市や街の明かりには様々な表情があり、そこに住まう人々の感性を映し出しているように思う。ニューヨークや香港、上海などの高層ビルの夜景には、人々の熱気やパワーを感じるし、中層の建物で構成されるロンドンやヨーロッパの都市の夜景には、歴史的な建築物が持つ重厚感と相まって、落ち着いた佇まいを感じる。

筆者は1970年代の始め、初めてヨーロッパの都市を訪れた時の印象が忘れられない。パリの凱旋門やエッフェル塔は既にライトアップされ、昼の印象とはまるで違うその美しさに感動した。しかし、より印象に残ったのは、身近な街の広場や通りの「仄かな明かり」であった。中世から続く歴史的な街並みで、世界遺産に登録されたブリュッセルの中心地にある大広場グラン・プラス。広場を囲む市庁舎の尖塔のライトアップは華やかではあったが落ち着いていて、ギルドハウスのショーウインドーや、カフェ・レストランからは人の気配とともに明かりが染み出し、街の人が暮らす住宅の明かりは裏手に伸びる通りにも漏れ、路地のカフェやショップの明かりは、石畳の路面や、向かいの石造・レンガ造の壁を暖かく照らす。その仄かに明るい様は初めての経験であり、とても心和むものであった。こうした人々の日々の生活が染み出てきたような自然な街の明かりは、当時の東京にはなかったのではないかと思う。様々な色がなくても、夜の「仄かな明かり」だけで都市や街の持つ暖かさや奥深さ、歴史などが見事に表現されていた。

こういった夜景や街の明かりは、その都市の洗練度を表していると言えるだろう。5年前には、青やピンク、緑など、様々な色と強烈な明るさで過剰な程にライトアップされていた上海は、今では都市の熱気を感じさせる派手さを残しながらも、コントロールされた色使いと適度な明かりによって歴史的な街並みを照らし出すなど、より魅力的な都市へと変化してきた。

もちろん、東京の街の明かりも随分と洗練されてきたと思う。繁華街のネオンの魅力はそれとして大事に残し、建物のライトアップや、頂部の照明なども適度な明るさに保たれ、東京タワーの輝きも美しい。また、ショップやレストランから漏れる明かりによって「仄かに明るい街」が、多く見られるようになってきた。ガス灯が復活した丸の内も街路樹へのライトアップや、丸ビルのアトリウムから漏れる明かり、ショップやレストランの明かりなどが路面や行きかう人々の顔をやさしく照らす。

考えてみると明治のガス灯以来、日本の都市や街は、明るさをひたすら追及してきたような気がする。明るい都市は人々の憧れであり、機能性や効率性の象徴でもあった。それが今、環境問題への意識の高まりもあり、東京は洗練された「仄かに明るい街」に変貌しつつある。人々も機能性や効率性だけではない何か新しい価値を東京に求めているのではないだろうか。三菱一号館を照らすガス灯が今の東京や日本の街に、新しい都市の明かりを生み出してくれるように願う。

街の表情を映し出す明かり