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連載|ものづくりの視点

都心のビオトープの小さな一歩

大内 政男

丸の内のオフィス街、地上31メートルの空中に人目に触れない小さなビオトープがある。建物の屋上を水面と緑で整備することで、単なる緑化に比べより多くの熱負荷の軽減と蒸散作用によるヒートアイランド対策の効果を期待して創られた実験的なビオトープである。とは言っても都心のオフィスビルの屋上であり、その規模と内容は極めて慎ましい。長さは約90mあるが、不整形で水路周辺の幅は約3mしかなく、水路の幅も0.4mで、両端部が1.5m程、それに加えて直径が約4メートルの水面が一箇所あるのみである。小さな岩場やほんの少しの段差を利用した滝などもあるが、既存ビルの屋上とあって荷重条件も厳しく、植栽も草木類が中心でその量も限られている。それでもこのビオトープは日本の在来種の中木類を18種、低木類を31種、草木類を66種と多種類の植生で構成されている。

竣工は2008年の春。同年の7月から生物の生息を観測し始めた。このビオトープを初めて訪れた時、筆者はこのビオトープに何か「里山」的な懐かしさ、優しさを感ずると同時に、果たして都心のビルの屋上にあるこのような箱庭に本当に生物が生息するのだろうかという、いささか懐疑的な思いを抱いた。ところがこのビオトープ、竣工して1年も経たないうちに見事にこの疑念を吹き飛ばしてくれた。高木や藪がなく草木中心の植生とあってその種類は限られるが、秋、冬各1回、春2回の観測で、鳥類が7種、夏、秋、春、各1回の観測で昆虫類がなんと133種、生息していることが確認された。小鳥が水浴びし採餌している姿、トンボや蝶が生息しヤゴやバッタの幼虫も観察されたのである。しかもその何れもが皇居とその周辺緑地にて生息が確認されている種であった。確かに丸の内の西約1kmには面積約115haの広大な緑地を有する皇居がある。しかし皇居の外苑を越え、交通量の激しい内堀通りや日比谷通りを越え、就業人口24万を超えるオフィス街のビルの屋上の小さなビオトープに本当に生物が飛来したという事実は、とても感動的な出来事であった。

ビオトープに限らず、最近、公園やビルのオープンスペースで、小さな水辺空間を備えた「里山」的懐かしさを感じさせる新しいランドスケープを目にするようになった。都市や建築のモダンなデザインと呼応して厳選した品種の植生を幾何学的なパターンで配し、ある種の緊張感を与えるダイナミックなランドスケープと違い、多品種の植生からなる箱庭的なデザインは見た目には少々雑然とした感じを与えるが、人に優しく、モダンな都市や建築との対比という点で、これはこれで大変新鮮に感じる。そしてこの「里山」的なデザインの本当の価値は、屋上の小さなビオトープと同様に多種の鳥や昆虫が飛来し生息する可能性があるということ、人々が高密度に棲み経済活動を営む都市の中で、野鳥や昆虫と共生できる空間を提供できる可能性を持っているということにあると筆者は考える。

「生物多様性」という概念が都市開発においても重要な指標として認識され始め、その環境を評価し認証する制度も整備された。東京都心部には、皇居ばかりでなく新宿御苑や明治神宮、小石川後楽園、旧白金御料地など多くの生物が生息する森と水辺がある。こうした多くの森と水辺の周辺にあるビルのオープンスペースや屋上に、たとえ小さくとも、このような「里山」的ランドスケープを展開し、連携させることができないであろうか。今までは森に隠れていた鳥や昆虫類が都心のオフィス街でも見られるようになるかもしれない。都市という、生物にとって特殊で限定された空間で人と共生できる鳥や昆虫の種は限定されたものでしかないが、それでも丸の内の屋上にあるこの小さなビオトープや、都心の「里山」的なランドスケープは、「生物多様性」を実現する都市づくりの小さな第一歩でもある。

都心のビオトープの小さな一歩