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連載|ものづくりの視点

街の顔となり、街とともに生きる新しい駅ビルの姿

大内政 男

この春、二つの主要ターミナル駅が生まれ変わった。一つは九州の玄関口である「博多駅・JR博多シティ」、もう一つは、大阪の新たな顔となる「大阪駅・大阪ステーションシティ」である。

駅は、人々が行き交い人々が出会う場所であり、駅舎はその街や都市への入り口、顔となる建築である。特に多くの鉄道路線が集まるターミナル駅では、博多駅で35万人、大阪駅では梅田を含め240万人もの利用者数を誇る。多くの人々が日々、この駅や駅舎を行き交う。駅舎という建築は、それを利用する人々やその街、都市にとって大変重要な建築であることは言うまでもないだろう。世界に例を見ても、ターミナル駅の駅舎は歴史的な名建築が多くあり、その都市のシンボル的存在として現在でも人々に親しまれている。その一方で、ターミナル駅の駅舎は、その性格上、大型の商業施設としてのポテンシャルも高く、わが国では高度成長期に多くのターミナル駅の駅舎が、「駅ビル」という、駅のコンコースが組み込まれた大型の商業ビルとして、日本全国に建設されてきた。近代的で機能的なビルではあったが画一的であり、その街や都市の顔として相応しい「駅ビル」は、残念ながらなかったように思う。

その意味で1997年に開業した京都駅ビルは、筆者にとって衝撃的な「駅ビル」であった。人々が出会う場として、また、街への玄関口として、その街や都市とのつながりを意識し開かれた場所として、そして大型商業施設としての「駅ビル」の建築はどのような姿を持つべきなのかという課題を提示し、見事に回答を示してくれたのが京都駅ビルであったと思う。現在でもそのデザインには賛否両論が交わされる京都駅ビルであるが、その後に建設された主要なターミナル駅の「駅ビル」では、大型の商業施設を成立させることと合わせて、その街や都市とのつながりを意識し、街や都市と共存し、これらに対して開いていこうとするデザインが展開されたように思う。

3月に開業した博多駅ビルは、航空法による高さ制限の中で、列車のホームや駅前広場の地下と上空を立体的に利用することにより、駅のコンコースと大型の商業施設を両立させている。ビル内の回遊動線の途中や屋上のテラス、大屋根のある屋外広場と一体になった展望テラスや、バスターミナルと連絡する歩行者デッキなどから、この「駅ビル」の利用者は博多の街や海を臨むことが出来る。とりわけ、博多のメイン通りである「大博通り」と、博多の商業中心地であるキャナルシティや天神につながる「はかた駅前通り」への視線の抜けが、商業施設内部の随所に確保されており、人々は自然と博多の街とのつながりを意識することとなる。また、航空法の関係で超高層ビルというランドマークを持たない博多の街にあっては、「大博通り」や「はかた駅前通り」を通して遠くからも見ることが出来る、端正な外装デザインの「駅ビル」は、博多の新たなランドマークとして人々に長く親しまれる建築となるであろう。

5月に開業した大阪駅は、5列の列車ホーム全体に大屋根をかけ、駅南側の既存駅ビルと北側に新設する駅ビルとを、ホームの上空に掛け渡された「時空(とき)の広場」と呼ばれる巨大なデッキで結び、大阪駅北側で進行する大型再開発によって生まれる新しい街、「うめきた」につなげて行こうとするものである。特に新築された駅北ビルには、「時空(とき)の広場」からつながる巨大なアトリウムがあり、ここからは「うめきた」の建設中のビルの姿を、借景のように切り取って見ることが出来る。また、ビルの屋上に設けられた展望テラスからは、新たに出現する街の姿を一望することが出来る。もちろん、新しい街とこの「駅ビル」は将来、アトリウムを通ってデッキで結ばれる。

ここ数年、地方や私鉄の駅などでは、その街と共存し個性的な街の顔として相応しいデザインの駅舎が建設されている。これらは、大型の商業施設は持たないが、街に対して開き、出会いの場として人々に親しまれている。大型の商業施設を持つターミナル駅の「駅ビル」は、そのポテンシャルを「駅ビル」だけで完結するのではなく、街や都市と共存し、開いていくことで、はじめて多くの人々に親しまれ、その街や都市の顔になっていくのではないだろうか。そうすることにより、ターミナル駅の駅舎である「駅ビル」は、後世に残る名建築となる資格を得ることが出来る。

街の顔となり、街とともに生きる新しい駅ビルの姿