LIBRARY

連載|ものづくりの視点

建築ストックの価値再生と創造の潮流

豊泉 正雄

一昨年の夏、ドバイ(アラブ首長国連邦)とイスタンブール(トルコ共和国)を訪れる機会に恵まれた。その際、ドバイでは圧倒的なオイルマネーが世界中の最新の技術と知恵、そして一流の都市計画や建築のプロッフェショナルを集結させ、短期間に地上の楽園の実現を試みた新興都市の姿を見ることができた。一方、イスタンブールは、ローマ帝国時代から様々な民族、宗教、文化の交差する場所として、時代の変遷に晒されてきた都市である。その時間の痕跡がしっかりと都市や建物の佇まいに残っている街の姿に、多少の都市機能の混乱とともに、建築ストックの価値再生や創造が何世紀にも渡り繰り返されて今日に継承されている様相を見ることができた。この両者を比較した時、現代建築を志ざし、設計監理の仕事に従事する者として、いささか残念ではあるが、都市としての魅力は圧倒的にイスタンブールが勝っていることを認めざるを得なかった。

街・建築の魅力の根源とは一体何なのだろうか。土地の持つ地理、気候、風土、文化、歴史、セキュリティ、利便性、アメニティ、環境など様々な要素と哲学や感性の入り混じった複雑で解析困難な課題である。しかし最近私は、その土地の持つ自然条件や地理的ポテンシャルとの共存方法の最適解を歴史とともに紡ぎ出し、その文化・歴史の継承と表現が生み出すアイデンティティにこそ、その最大の魅力の根源があるのではないかと思うようになった。

読者の皆様は当然、ご承知のことと思うが、敢えてここに紹介させていただきたいプロジェクトがある。日本建築家協会の2010日本建築大賞と2011年日本建築学会賞(作品)のダブル受賞を果たした犬島アートプロジェクト“精錬所”(設計:三分一博志氏)。この作品をこの夏、瀬戸内の美しい風景とともに堪能する機会を得た。ここ犬島は古くは石の産業で栄えた。1909年に銅の精錬所として操業開始したものの、銅の価格暴落により10年で廃鉱。2007年、経済産業省により近代化産業遺産群の一つに認定され、2008年に瀬戸内の離島再生プロジェクトの一環で美術館として再生、創出されたものである。このプロジェクトは新たな地域創造のモデルとして循環型社会を意識し、その建築は地形、近代化産業遺産、自然エネルギーを活用することで、自然のサイクルの一部として変化、成長していく施設を目指しており、現代という時代が要求する大きな潮流を見事に捉えた施設になっている。

また、東京の中心部、丸の内でも、国際都市間競争の激化する中、歴史的建造物の保存や再生、また形態保存や街並、スカイラインの継承など、様々なプロジェクトにおいて、その歴史、文化、精神性の継承と環境問題への対応が行われている。新たに復元再生されつつある東京駅、江戸城址である皇居の緑の集積やお堀の景観と相まって、世界の他の都市にはない潤いとアイデンティティを醸し出している。

現状の欧州・米国を始めとする世界経済情勢の閉塞感、そして異常気象の頻発や天然資源の枯渇など地球環境問題の逼迫感。これらを考察すれば、真っ白なキャンバスに未来の都市の夢を描くより、現実にこの地球上に存在する物、そして過去に存在していた物、捨てられ、忘れられたストックの価値を如何に掘り起こし、現代技術をもって環境の時代に相応しく、再生・創造するのかも今の私たちに与えられた建築の大きなテーマである。この現状を正面から捉え、新たなる挑戦を試みる必要性を痛感している。

建築ストックの価値再生と創造の潮流