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連載|ものづくりの視点

時代が求めるもの

豊泉 正雄

ツールドフランスは毎年7月に、絶景のフランス山岳舗装道約3300km、高低差約2000mのコースを23日間かけ、平均時速およそ40km/hの速さで走破する過酷な自転車レースである。競技用自転車には極限の軽さとしなやかさが求められ、その機能に特化した形態は長距離アスリートの筋肉にも似た美しさを呈する。私自身、3年前から性能やデザインに魅了され、保有台数もこの夏で4台目を数える。自転車の重量はアルミ製の16kgから始まり3台目にはカーボンファイバーの一体成型の6kg前後のものとなり、3.11の震災を経験後の最新の4台目は同様にカーボン製ではあるが、非常時の耐久性能を重視したマウンテンバイクで10kg前後という変遷を遂げている。

工業製品の歴史を辿ってみると産業革命時の蒸気機関車、戦時中の戦艦大和、戦後の重厚長大産業の隆盛時代には、重く厚く大きい事、剛性が高い事は大きな価値であった。それが現在では、特に高速で移動する乗物からコンピューター、電気製品、衣料・スポーツ用品から携帯電話に至るまで、軽く薄く小さい事、しなやかである事は確実に開発の至高の目標であり、この為のナノテクノロジー等の技術革新や素材革命の勢いは留まるところを知らない。

では建築業界はどうかと言うと、変化は他の産業と比較すると緩慢であり、大きな変化は生じていない様にも思われる。しかしながら近代になって、鉄とガラスが大規模建築、高層建築に多用されるようになり、また昨今、コンピューターによる高次元解析が進展、高分子化学が生み出す製品の発達にも促され、表現の自由度は飛躍的に向上し、軽さやしなやかさの表現は時代の要求を明確に反映し、デザインの主要なテーマとなっている。

また、地震力はその建築物の重さに比例して作用するので、東京ドームを代表とする膜構造の発達、不燃化された木材や集成材の大規模建築への使用、鉄筋の代わりにグラスファイバーやカーボンフィバーの使用や骨材の軽量化等により、重い建築を軽く強靭なものにする研究・開発も進んでいる。

さらに新たな変化も生じている。地盤から建物を切り離して、その揺れが直接建物に伝わらないようにする免震構造が多くの建築で採用され始めている。特殊な例ではあるが、3.11の津波の教訓から固定された避難施設、避難塔建設という発想を転換し“ノアの方舟”ならぬ自然の驚異の懐に身を委ねてしまう避難艇の検討も一部の自治体で進んでいるようである。

26年前になるが、1986年から竣工の1993年までの7年間にわたり、横浜ランドマークタワーの設計者の一人としてこのプロジェクトに携わる機会に恵まれた。その姿は今も横浜のスカイラインの頂部を形成し、横浜の発展のシンボルとして強いアイデンティティを発散し、多くの人々に愛されている。来年で竣工20年を迎え、2014年には日本一の高さの座を残念ながら大阪のタワーに譲る横浜ランドマークタワーではあるが、私たち関係者、ここを利用される方々そして横浜市民の方々が抱くタワーへの想いは色褪せる事は無い。高さだけでなく、すべての性能において当時の日本一を目指したタワーは風・地震・火災・水害等に対し世界最高水準の安全性能を保有し、建物全体でその性能を表現している。恵まれた耐力の地盤に直接しっかりと四隅の巨大な脚を広げ、重量感のある花崗岩の衣裳を身に纏い、天空に突き抜けるタワーは時代の激しい変化の中にあっても、益々その輝きを増している。

その時代が求めるものを正面から捉え、人々の想いとエネルギーを結集し、その時代の最高技術を投入し創り上げられた建築やプロダクトには、時代を超えて人々を感動させる要素とスピリットが宿っている。これからも社会や経済の激しい変化の中、新たな時代には新たな性能や要素が求められ続けるであろう。その求めに対し、その時代の最も相応しい英知と想いとエネルギーをもって真摯に応え続けていくことのみが明日に繋がる架け橋である。

時代が求めるもの