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連載|ものづくりの視点

そのエコは本当にエコか

大澤 秀雄

元本割れで訴訟騒ぎになった「緑のオーナー制度」というものがあった。植林をして国土の緑化に貢献し、将来は材木を売って収益も得られるという制度だったが、収益面で破綻を来たしたばかりでなく環境保全という点でも些か疑問を感じる制度だった。何故なら植林されるのは、木材としての利用価値の高いスギなどの針葉樹に限られていたからだ。
国土地理院発行の地形図には針葉樹林と広葉樹林が分けて表示されている。針葉樹林は主にスギやヒノキ、マツなどの林でその多くは人工林、広葉樹林はブナやミズナラ、カエデなどを中心とした林で多くは天然林である。

日本の広葉樹林はその殆どが落葉広葉樹林である。広葉樹の幹や葉には多くの昆虫が生息しており、その虫を狙って鳥も集まって来る。広葉樹は秋には赤や黄色に山肌を染め、そして落葉する。落ち葉は次第に分解され養分となって土に吸収される。時間をかけて渓に滲みだした水は養分を豊富に含み、川虫を生育させる。そして、その川虫を食べるイワナやヤマメなど沢山の渓流魚を育む。
広葉樹林から流れ出た栄養豊富な水はやがて海に至り、昆布やワカメなど海草の生育を助け、同時に多くのプランクトンを発生させる。そして、プランクトンを求めて沢山の魚が集まって来る。海に流れ出た落ち葉もまたウニやヨコエビなどの小動物のエサとなり生命を支える。
この様に川と海は密接に繋がっており、豊かな川の河口には豊かな海が広がるのである。つまり、落葉広葉樹の山が豊穣な海を育んでいると言うことが出来る。

一方、針葉樹林は樹木の脂分が多いため枯枝や落ち葉が堆積しても腐敗が進まず、微生物や昆虫の生育に適した環境とは言い難い。間伐が十分行われていないと下草が生えず少しの雨でも表土が流出してしまう。流れ出た土砂が渓の中の岩を覆ってしまうと川虫は生息することが出来なくなる。イワナやヤマメもエサと美しい住みかを奪われることになる。
流れ出た土砂はやがて海に到達するが、土砂が海底を覆ってしまうとウニやヒトデなどの小動物もまた生きてゆくことが出来ない。海は浄化能力を持つものの長期に亘って土砂が流れ込むと、やがてその辺りの海は死んでしまう。 つまり、良かれと思って出資した植林事業が、実は生物多様性の維持という側面からは環境破壊を引き起こしていたかも知れないのだ。

この様に、一見環境に優しそうに見えて実はそうとは言い切れないものが、身の回りに沢山あるように思う。暫く前、大々的に喧伝されたエコカー補助金などもその類であろう。ある試算では新車1台作るときに排出されるCO2は1,700㎏だが、改善された燃費でこの排出量を取り返すには5万km~8万km走る必要があると言われている。サラリーマン家庭では年間走行距離は5千km程度と言われているから、10年以上かかる計算になる。その頃にはもう次の買い替え時期になってしまい、しかも早く取り返そうと走れば走るほどCO2の排出量は増えていくことになる。経済活性化対策としては評価されるかもしれないが、環境対策としても有効と言い切れるだろうか。

我々建築の世界でも今や環境保全、省エネ、省資源は、正に真正面から取り組まねばならない課題であることは言うまでもない。しかし、新しい技術、新しい素材などを採用するときに、私たちは少し立ち止まって冷静に、客観的に判断を下す必要がある。「いったいこの技術はトータルで環境に優しい技術と言えるのだろうか」と。生産や流通の段階でどれだけのエネルギーを使っているのか、耐用年数が過ぎた後の廃棄の時はどうか。そうした事を含めたトータルな性能で評価しなければならないが、現在はそのための情報が決定的に不足してる。素材や製品のメーカーには、是非そうした情報の開示を積極的に進めていただきたいと思う。

そのエコは本当にエコか