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連載|ものづくりの視点

大切な「水・空気」のために

原田 仁

梅雨のシーズンを迎え、天気予報が気になる日々を過ごしている。通勤で毎日渡る橋から見る川も満々と水をたたえ勢いがある。我が国は山が多く河川も急流が多いため、水源が枯れればすぐに川から水がなくなる筈だが、河床の大半が露出した光景を目にすることはない。春は雪解け水、夏の前には梅雨、秋は台風、冬は降雪と定期的に自然がもたらす恵みの水を享受しているからであろう。また山間には多様な植生の樹木が繁茂し、天然の緑のダムが年間を通して水を供給しているからに他ならない。日本人の多くは水の確保に困窮することなく生活できる環境にいる。

目を世界に転じてみると日本とは全く違う状況がみられる。世界で12億人が日々の飲料水確保に多くの時間と労力を費やしている。また水不足で年間500万人から1,000万人が死亡しているともいわれている。人々の生活ばかりでなく水問題は地域の環境に大きな影響を及ぼす。中国の黄河流域は文明発祥の地であり太古より人々が黄河の水に依存してきたが、20世紀後半には、上流での過剰な取水により海まで水が到達しない断流が生じた。河川に水がないということは河口にもたらされる土壌もなくなる。潮流により海岸線が浸食され地形の変化が生じる。さらには海の生態系にも大きな影響が及び広範な地域で環境の悪化が進んだ。20世紀末より計画的に黄河から取水を行うようになり徐々に回復が見られている。

カザフスタンとウズベキスタンにまたがる内陸性の塩湖がある。馴染みが薄いがアラル海という。子どものころの世界地理で習った時の大きさは約68,000㎢、九州の1.6倍の面積で卵の形をしていた。塩分濃度10%で漁業資源が豊富との記憶もある。ところが黄河と同じようにアラル海にそそぎこむアムダリヤ川、シルダリヤ川で農業用水の無計画な取水が行われたため、湖への流水量が激減し、今では面積17,800㎢(50年前の27%、水量は10%に減少)塩分濃度50%で死の海となっている。砂漠化し砂の上に朽ち果てた漁船が残る風景はこの地域に急激な環境破壊が進んだ証左である。湖の形状も卵型から2つの塩湖に分断され、南側の大アラル海には流入する河川がないことから2020年にはその姿を消すといわれている。砂漠化した台地には塩、カルシウム、マグネシウム、ナトリウムや残留農薬、多量に使用されたリン系肥料等が堆積し、季節風により飛散し住民への健康被害をもたらしている。直接的に空気をも汚染していることになる。

その空気については、今年の年頭からPM2.5(微小粒子状物質)という文字が新聞紙上を騒がせた。北京では連日環境基準値を大きく超え、外出もままならない日が続いた。健康被害も多く、経済的な損失も甚大とのことだ。微粒子のために偏西風に乗り飛来、日本でも環境基準を超える値が観測された。中国では雨の日はその数値が減少するようだが、降雨により地表面に落ちても、乾燥すればまた空気中に舞い上がり、また河川に流れ込めば水を汚染する。ただ循環するだけで除去されるわけではない。風に乗って世界中にまき散らされている。根本的な解決が必要である。

我が国にもう一度目を戻してみる。黄河やアラル海、PM2.5は他人事と簡単に片づけられるだろうか。振り返れば、日本も深刻な公害や環境汚染など苦い経験を繰り返してきた。しかし1970年頃より日本はその対策へ舵を取り、結果として多くの環境技術を発展させてきた。水の再生技術や海水の淡水化、汚泥の再利用、また空気浄化技術などは世界でも最高水準にある。今多くの国では国民生活の豊かさのために経済発展を重視し、環境問題に目を向ける余裕のないケースが見受けられる。日本はその先達として環境問題を克服してきた経験を世界に役立てるときであろう。私たちの持つ最新の環境技術は、世界の人々を水や空気の心配から解放できるものと信じている。

大切な「水・空気」のために