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連載|ものづくりの視点

「記憶の継承」第五期歌舞伎座の設計から

大澤 秀雄

第五期の歌舞伎座が竣工した。平成22年4月に第四期の歌舞伎座が閉場して以来、3年ぶりの歌舞伎専用劇場の復活である。新しい歌舞伎座は、背後に高層ビルが建ったのを除けば人々の記憶にある第四期歌舞伎座そのものだ。柿葺落興行は待ちかねた歌舞伎ファンで連日の大入りだが、その方たちに「どこが変わったのか分かりますか」と訊ねても、明確に答えられる方は少ないのではないだろうか。

しかし、実際には大きく変わっている。まず、構造がRC造からS造になった。当然外装は乾式であり、注意深く見れば以前はなかったジョイントが見える。正面入口にあった3段の階段は、バリアフリー化のために無くなった。正面右側、木挽町通りとの角にあった増築部分は、正面の壁面よりも出張っていたが、今回は正面のシンメトリー性を強調するため、目立たない位置まで後退させている。

舞台を見やすくするため、客席の勾配は以前よりもきつくした。客席部分の天井は、音響性能向上のために以前はなかった半球形の出っ張りが付けられているし、2階席を支えていた柱は視線を遮るので当然ながら無い。客席シートの形状・大きさ、桟敷席のデザインも以前とは異なる。以前は2階席、3階席、幕見席へは階段を上るしかなかったが、幅広い年齢層の歌舞伎ファンに配慮してエスカレーターとエレベーターが設けられた。トイレの数も増やされ、待ち時間は大幅に改善されている。また、地下には地下鉄コンコースと直結した広場が設けられ、劇場に入らずとも店舗やチケット売り場に歌舞伎の雰囲気を感じることが出来る。

数え上げればきりがないが、歌舞伎専用劇場としての機能性、安全性、利便性向上のため、実は殆ど同じところは無いと言って良いほど変わっているのだ。熱烈なファンの方々からは「以前はこうじゃなかった」「前の方が良かった」と言う痛烈な批判もあるだろうと覚悟を決めてはいたが、あにはからんや「懐かしい歌舞伎座が帰ってきた・・・」とすこぶる評判が良い。

このことは、私たちに街づくりのヒントを与えてくれているように思う。第五期の歌舞伎座は保存でも復元でもない。確かに、第四期の解体に際し、私たち設計チームは全体構成、構造、構法、材料、ディテールに至るまで綿密な調査を行い、その成果を設計に反映させてはいるが、建物自体は全くの新築である。しかし、正面入口の唐破風や赤い提灯、左右の入母屋と赤い高欄など、人々が思い描く歌舞伎座のイメージをしっかりと継承している。人々が望む歌舞伎座の形を表現していると言っても良い。歌舞伎ファンだけではなく、興行主や歌舞伎役者の方々、地元銀座の方々、行政の方々、皆さんにとっての歌舞伎座のイメージ、こうあって欲しい、こうあるべきだという形を現わしている。

古い建物を受け継ぎ使い続けることは言うまでもなく大切なことだ。そこにはその建物が建った頃の文化や技術、人々の思いがぎっしり詰まっている。しかし、様々な事情で建て替えを選択せざるを得ないケースもある。今回の歌舞伎座建て替えは、人々や街の記憶を継承しながら、機能や性能は現代にフィットしたものに造り替えていった。この保存、復元とは異なる「記憶の継承」という手法が、今後も古い建物を中心とした街づくりに一役買えるのではないかと期待している。

歌舞伎座が多くの関係者に愛され、歌舞伎文化とともに後世へと受け継がれていく過程に、設計者として携われたことを光栄に思うと共に、歌舞伎専用劇場の設計という稀有な機会を与えていただいた松竹(株)様、(株)歌舞伎座様に感謝申し上げる。

「記憶の継承」第五期歌舞伎座の設計から