放射空調の自然エネルギー活用の道を切り拓く 新菱神城ビル
設備設計者が語る。
環境・設備の
アイデアノート
Vol.03
2022.12.25
- #放射空調
- #フリークーリング
- #自然エネルギー
水式放射空調の省エネ技術を1段階進化!
「ダイナミックレンジ放射空調システム」の開発
「水式放射空調」は、快適性の高さに加え、ファン動力の低減や送水温度の緩和による省エネルギー性も期待できるシステムですが、従来の仕組みでは室温制御にタイムラグの発生や、外気温による自然エネルギー活用が可能な期間が短いといった課題がありました。
ここで開発した「ダイナミックレンジ放射空調システム」は、4つの新規技術によってこの課題を解決し、一層快適で省エネな放射空調を実現したものです。
導入された放射空調。
“4つの新規技術”とは?
1 プレクール冷却塔:2段階の冷却でより省エネな運用を可能に
水放射空調では冷却塔によるフリークーリングがよく計画されますが、有効な外気条件を得られる期間が十分にない地域では、大きな省エネルギー効果が期待できませんでした。そこで、フリークーリングだけで目標温度まで冷却しきれない場合でも、続けてチラーで追従冷却して目標温度まで下げるプレクールシステムを構築することで、外気温度の有効利用期間がより拡大できるシステムとしました。
後述のVWV-VT制御と組み合わせることで、より大きな効果を発揮します。
2 還水温度カスケード制御:「室温」ではなく「水温」で制御する仕組み
その時の室温に応じて、パネルに通す冷温水の流量を操作することで室温を制御するケースが多い水式放射パネルですが、流量を変化させてから、室温がそれに応答して変化するまでに遅れが生じるため、流量の増やしすぎ・減らしすぎを繰り返して不安定な制御状態に陥ることがありました。
そこで、ここでは「放射パネルの能力(放熱量)」と、「冷温水の還水温度(パネルを通って戻ってきた水温)」に相関があることに着目。センサーで測定した室内温度から、要求する冷暖房能力に紐づく還水温度を決定し、その温度になるよう流量を制御する方法を開発しました。還水温度は流量制御に応じて遅れなく変化するため、室内温度の制御目標を還水温度に置き換えることで、水式放射パネルでも時間遅れなく室温制御することが可能となりました。
このように、自動制御の本来の対象値(室内温度)を、何らかの相関関係を持つ別の対象値(還水温度)に置き換える手法を「カスケード制御」と呼びます。
放射空調能力と還水温度の相関関係
還水温度による流量のカスケード制御
3 VWV-VT制御:「流量」と「温度」のメリットを複合
②のカスケード制御で定まる還水温度の設定値は、冷房運転を例に挙げると、負荷が低減するにつれ温度が高くなってきます。ダイナミックレンジ放射空調の根幹となる3つ目の技術は、この特性の有効利用にポイントがあります。
空調負荷に応じて流量を変化させる従来の変流量(Variable Water Volume, VWV)制御はポンプの搬送動力低減に効果的ですが、中負荷以下になると低減効果がガクッと落ちてしまいます。そこで、中負荷以下では還水温度に合わせて送水温度もあげてしまう変温度(Variable Temperature, VT)制御に切り替え、変流量と変温度のベストバランスを狙ったVWV-VT制御を開発・導入しました。
この制御により、搬送動力が削減されるだけではなく、従来の放射空調制御より更にぬるい送水温度で冷房可能のため、チラーのCOP向上やプレクール冷却塔のさらなる活用拡大ができ、大幅な省エネルギー効果、自然エネルギー活用が実現できます。
VWV-VT制御のイメージ
4 熱交換器レス配管システム:熱源~パネルまで直送しエネルギーロスを低減
「新菱神城ビル」では熱伝達効率の高い樹脂管を用いた水放射パネルを採用しています。
樹脂管は空気中の酸素を透過してしまうので、空調配管や熱源機器に金属腐食を生じさせてしまいます。そのため、水放射パネルは熱源系統とは熱交換器を介して構築するのが一般的であり、熱交換によるエネルギーロスのせいで、熱源水温のポテンシャルが100%活用できていませんでした。
そこで本計画では、①腐食促進イオンを無害化できるアニオン交換樹脂に透過させた熱源循環水※1を用い、②脱気装置を設けて運転中に配管内に浸入した溶存酸素を除外することで、熱交換器レス配管システムの構築を実現しています。
以上の4つの技術を組み合せ、動的(ダイナミック)に往還温度(レンジ)を可変化することで、システム全体で高い快適性と省エネルギー性能をもたらす技術となっています。
- Corro-Guard®(新菱冷熱工業特許技術)。詳細はこちらのページをご覧下さい。
Designer's Voice
[ 設計者 ]
機械設備設計部(2015年入社)
加藤 駿Shun Kato
ここで紹介した技術は、既存製品の放射パネルの特性をよくよく吟味し、また「従来の制御方法」に対して改めて合理性を考え直すことから生まれたものです。目新しい製品やシステムの採用に限らず、まだまだ快適性や省エネルギー化の可能性があちこちに潜んでいることに気づけた貴重な経験でした。
※所属はプロジェクト担当時点
Data
物件名 | 新菱神城ビル |
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所在地 | 東京都千代田区神田多町2-9-2 |
敷地面積 | 595.38㎡ |
延床面積 | 4,619.55㎡ |
規模 | 地下1階/地上9階 |
高さ | 35.91m |
竣工 | 2020年7月 |
主要用途 | 事務所、住宅 |
設計・監理 | 三菱地所設計 |
施工 | 大林組(建築)、新菱冷熱工業(空調)、城口研究所(衛生)、大栄電気(電気) |
受賞 | 第18回 環境・設備デザイン賞 入賞 (変風量コアンダ空調システムを実現する”Air-Soarer”』) 第10回 カーボンニュートラル賞 受賞 第20回 環境・設備デザイン賞 入賞(『新菱神城ビル』) 第20回 環境・設備デザイン賞 入賞 (『ダイナミックレンジ放射空調システム』) 第60回 空気調和・衛生工学会賞 技術賞 建築設備部門 ASHRAE Technology awards 2023 Region XIII First Place ※ 2022年12月現在/導入各種要素技術の受賞を含む |