DISCUSSION

Vol.28

平井孝幸
株式会社ディー・エヌ・エー CHO室 室長代理、合同会社イブキ 代表
ウェルネスとパフォーマンスマネジメント
――― 新しい時代の生き方vol.2[前編]

2021/1/27

新時代の生き方やワークスタイルについて企業内イノベーターと語り合う「新しい時代の生き方」シリーズ、第2回目のゲストは、近年多くの企業で注目される「健康経営」にいち早く取り組んだことで知られる株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)の平井孝幸さんです。健康マニアを自認する平井さんが、健康経営の専門部署を立ち上げたのは2016年のこと。南場智子代表取締役会長自らCHO(Chief Health Officer/健康管理最高責任者)に就任したことでも話題となりました。食事・運動・睡眠・メンタルに関する情報発信、セミナーの開催などを通じて、社員の健康管理をサポート。「個」のパフォーマンスを向上させ、会社の業績アップにつなげる健康経営を実践されています。

Q健康経営の専門部署であるCHO(Chief Health Officer)室を立ち上げたきっかけを教えてください。

A : もともと「健康」は仕事ではなく、趣味でした。目覚めたきっかけは、高校の部活で始めたゴルフです[写真1]。とにかく楽しくて熱中し、大学時代はもちろん、会社勤めをしながらもプロを目指し続ける中で、ゴルフのスキルアップには高いレベルでの健康管理も必要だと思うようになりました。試しに、とある本に書いてあった野菜・大豆・米・水のみを摂取する食生活に変えてみたら、わずか3か月で体重が約15kgも落ちたことがあって。食べ物を変えるだけで、身体とメンタルの状態がこんなにも変わるのかと面白くなり、自身で人体実験をするようにハマっていきましたね。今でこそ広く知られるようになった「マインドフルネス」という言葉も当時はまだありませんでしたが、とにかく自分の身体とメンタルの状態に集中し、さまざまな本を読み漁り、専門家の話を聞きに行きました。自分なりの方法を追求し、20代のうちに運動・食事・睡眠・メンタルを通じたセルフコンディショニングができるようになりました。

ゴルフ事業の起業を経てDeNAに転職したのですが、最初は人事や総務を担当していました。ある時、周囲を見渡して気づいたのが、肩こりや腰痛、冷え性などの問題を抱えている社員が多いことです。みんな毎日パソコン作業で座っている時間が長いのが原因だと感じました。最初は雑談程度に、自分なりの健康改善法を伝えてみたりしていたのですが、もっと本格的に展開したいと思い始めました。健康によって格段にパフォーマンスが向上した自身の経験を、あの時の喜びをみんなにも体験してほしい。そんな動機からCHO室を立ち上げ、「健康」を仕事にすることになったのです。

[写真1]ゴルフプレー中の平井氏

Q当時はまだ「健康経営」という考え方は一般的ではありませんでしたよね。どのように社内を説得されたのですか?

A : CHO室の設立に向けて動き始めた2015年当時、社員の健康管理は「自己責任」というのが一般的な考え方で、会社が福利厚生の域を出て投資することへの意義の説明に苦労しました。そこで社員にヒアリングを実施しました。彼らの健康状態がいかにワークパフォーマンスに影響を与えているのかを数値で示し、企画書にまとめて経営陣に提案するためです。健康面による生産性の低下の状況が数値的に明らかとなり、「全社的に健康経営に取り組むべき」という結論を導き出し、当社の創業者でもある南場をCHOとするCHO室の設立にこぎ着けたのです。1年目の2016年には約100回のセミナーやワークショップを行いましたが[写真2]、失敗だらけでした。健康をテーマにした企画にはもともとヘルスリテラシー(健康意識)の高い社員しか集まらなかったのです。もちろん彼らが「成果を出た」と喜んでくれるのは嬉しいのですが、全く健康に関心がない社員の意識を変えていくことが本来の目的です。最近では業務時間中にセミナーを行う企業もあるようですが、当社は昼休憩中や19時以降の開催で、自由参加のスタイル。一方的に知識を与えるようなセミナーは敬遠されてしまいます。どうしたら彼らを惹きつけられるのか、試行錯誤する中で手応えを感じたのが「腰痛撲滅プロジェクト」でした。腰痛に悩んでいる社員に声を掛け、具体的に何が原因なのか、どうしたら改善するのか、個々に分析。参加した20人のうち8割以上から「痛みが軽減し、生産性の向上を実感した」という評価が得られ、「どうも会社が気の利いたことをやってくれているらしい」と口コミで広がり、少しずつ認知度が上がっていきました。花粉症や睡眠の悩みなど、健康課題を絞るのがポイントだったのです。そして、ありきたりの話ではなく、一人ひとりの社員に合ったアプローチで、丁寧に耳を傾ける。そういったアナログな手法が結局は重要だと思っています。

例えば、食事に無関心なエンジニアにアプローチする時は、数値を織り交ぜて話をします。糖分をいきなり摂取すると、どれほど血糖値が急激に上がるのか、その後、椅子に座って動かないでいるとどれほど血糖値が急激に下がるのか。急降下している時に人間は眠気やだるさを感じやすいので、生産性が下がりやすくなります。この話をすると、確かに思い当たる節があると、食事の摂り方に興味をもってくれる人が多いです。また、美容に興味のある人であれば、発酵食品を摂取すると腸内環境が整い、健康だけでなく美容にも影響を与える可能性がある、という話をします。そうすると食生活が変わっていく人もいます。私自身が趣味を突き詰めている感覚で取り組んでいるので、このような細やかなアプローチも全く苦ではありません(笑)。みんなが健康で、いつも笑顔でいてほしい。無理強いはしませんが、健康の大切さに気が付いてくれる社員が一人でも増えると、本当に嬉しいですね。

[写真2]セミナー風景

[写真1・2:平井孝幸氏提供]

Q昨今、健康経営に取り組む企業が増えていますが、どのように評価されていますか?

その名の通り、いかに社員を健康にするかに主眼が置かれがちですが、本来の目的は、その結果として個人の活力を高め、経営力強化や企業価値向上につなげることです。もちろん生活習慣病の予防にもつながりますが、喫煙率を少しでも下げることや毎年の健康診断の結果を少しでもよくすることに振り切ってしまうと、本来の目的を見失いかねません。

このコロナ禍で本格的に在宅勤務を導入する企業が増え、個人の働く環境の自由度が高まる一方、運動量の減少は明らかで、今後、社員間の健康格差が大きくなっていく可能性があります。つまり、ヘルスリテラシーの高い人は、不要になった通勤時間をウォーキングやエクササイズに充て、より整った食生活を実現し、ますます健康になっていく。そうではない人は、ミーティングに合わせて起床するなど睡眠時間が不規則になったり、食生活もデリバリーや間食が増えるなど不健康になりやすい。デスクや椅子などの作業環境も意識的に整えないと、腰痛や肩こりが悪化する原因にもなります。結果、生産性が下がりやすくなる。今こそ、社員のヘルスリテラシーをいかに高めていけるかが問われています。当社でも、自宅の作業用家具を新調する際にサポートをしたり、会社で使っていた椅子を無償で提供する取り組みを行いながら、オンラインセミナーを開催してます。積極的に活用してもらえているのは、すでに全社的にヘルスリテラシーが高まりつつあったからで、コツコツとやってきた甲斐がありました。

平井 孝幸/株式会社ディー・エヌ・エー CHO室室長代理、合同会社イブキ 代表

PROFILE:ひらい・たかゆき/東京大学医学部附属病院22世紀医療センター研究員。東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、ゴルフ事業で起業。2011年DeNA入社。2015年従業員の健康サポートを始め、2016年健康経営の専門部署CHO室を立ち上げる。2019年同社での取り組みが経済産業省と東京証券取引所から評価され、健康経営銘柄を獲得。翌年も連続して獲得する。2018年DBJ(日本政策投資銀行)健康経営格付アドバイザリーボード、PGA(日本プロゴルフ協会)経営戦略委員会アドバイザー等を歴任。

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