DISCUSSION
Vol.45
安井 昇 建築家、NPO法人team Timberize理事長
火事に負けない木造建築物をつくる [後編]
2023/3/7
Q木造の将来性に期待が広がる一方で、近年、国内では悲惨な火災事故も起きています。火事に負けない設計の工夫を教えてください。
A : 沖縄県の首里城が焼失したり、三重県のいなべ保育園という準耐火建築物が全焼してしまったり、福岡県の北九州・旦過市場で2度にわたって大規模火災が起きたりといった事故がここ数年続いています。首里城といなべ保育園は、ロの字型の建物配置になっていました。すると消防隊が中庭内部に入りづらいんですよね。水をかけられない部分があってどんどん燃え広がっていったようです。旦過市場は延焼防止の壁があったところだけが燃え残り、ほとんど窓伝いに延焼しました。開口部が向かい合っていたり、連なっている設計をする時は延焼防止策を考えなければいけないと思います。火は上へ上へと燃え拡がりますので、天井の不燃化が有効です。先の内装制限の実験のように、天井が石膏ボード等で不燃化されていると火は横に伸び、ゆっくり燃えます。スプリンクラーや防火戸の設置も一つの手ですね。急激な燃焼を伴うフラッシュオーバーまでの時間が稼げれば、逃げる時間を稼ぐことにもつながります。延焼防止や消火を考えた設計にしたり、材料を上手く配置することで、「火事に負けない」木造建築・木質化空間をつくっていくことができます。
総務省消防庁の『平成30年度版消防白書』を見ると、「裸木造」とも呼ばれる防火対策をしていない建物や、1950年の建築基準法ができる前につくられた木造は、1年間で約8,000棟燃えていることがわかります[スライド1]。一方、耐火構造である鉄骨造やRC造の建物も約6,000棟燃えています。数ではそこまで大きく変わらないですよね。でも火災のニュースでは、木造ばかりが報道されます。それは防火対策をしていないために火災の規模が大きくなるからで、耐火構造の場合は出火しても燃え抜けずボヤで終わっているんですね。木造でも柱などを不燃材料で耐火被覆すれば防火構造・準耐火構造の建物はつくれます。最近では、難燃薬剤処理した木材で耐火被覆できるようになり、技術は日々進歩しています。設計者・施工者・クライアントが一丸となって、延焼しにくい「燃え抜けない」建築を目指していただければと思います[スライド2]。
[スライド1]総務省消防庁『平成30年度版消防白書』を元に作成した火元建物の構造別損害状況
[スライド2]火災時の燃え方と必要な設計の対応
Q木造の更なる普及には、中高層建築や非住宅への展開が鍵になりそうです。どのような課題と対策が考えられますか。
A : 先ほど申し上げた通り、木造建築・木材利用の技術はどんどん進歩しています。在来工法以外では、集成材やLVL(Laminated Veneer Lumber)による木造・木質建築が以前からありましたが、今、注目されているのが、ひき板(ラミナ)を繊維方向が直交するように積層接着した「CLT(Closs Laminated Timber)」です。1995年頃からヨーロッパを中心に発展し、近年では高層建築が建てられるなど、欧米では一般的になってきました。日本では2013年12月に製造規格となるJAS(日本農林規格)が制定され、2016年4月にCLT関連の建築基準法が施行されました。CLTは強度が高く、壁状の構造体として使用可能。デザインの自由度が高く、工場で加工したCLTパネルを現場で組み立てるだけなので、工期を短縮できるというメリットがあります。
日本でも少しずつ事例が増えてきましたが[写真1・2]、海外ほど普及していません。CLTパネルは大きな面材のため、狭小地での施工が多い日本では、結果的に非木造の方が安価に済んでしまうというのが主な理由です。2018年、福島県いわき市に3階建てのCLTの災害復興の県営住宅が1棟建ちましたが、その際、施工がうまくいかないなどの課題が出ました。その施工チームが続けて2棟、3棟とやれば「こなれて」くるので解決策が見つかり、施工費も下がってくるのですが、その前に「高過ぎるからやめた」となってしまうのです。住宅材料は既製寸法を量産し、施工もこなれているのでコストが低いですよね。日本には今、毎年10万m3ほどのCLTを製造できる機械がありますが、1万5,000m3しかつくっていないので材料費も下がっていきません。様々なタイプの大規模木造・木質建築がある中で、何を標準化して、こなれさせればコストが下がるのか、難しい課題ですが、みんなで考えていかなければいけないと思います。
コスト面以外にも、様々な課題が残されています。木材は「脱炭素」に貢献する「持続可能な材料」と言われていますが、例えば、木造の延焼防止に一般的な石膏ボードはCO2を多く排出し、また、中高層建築のために多く木を伐採しても再造林されているのは実は5割ぐらいで、「脱炭素」にも「持続可能な」状態にも成り切れていません。今後はいかにCO2を固定化するか、いかに資源を循環していくかを考えていく必要があります。
私たちの木造への「認識」も課題の一つかもしれません。「木造」という言葉を聞くと、「火災が起きやすい」の他に、「壁が薄く、隙間風がびゅーびゅーで寒い」という、古い建物を想像しますよね。今の木造・木質建築は、断熱・気密も含めて昔の木造とは別ものです。「木造」がすごく広い言葉だという認識のもとに、伝統的な木造をつくるのか、新しい木造をつくるのか、クライアントを含めて同じ目標の木造を共有していくと話が進めやすいのかもしれません。
最後に、今日皆さんに覚えていただきたいのは、10月が木造利用促進月間で、10月8日が木の日ということです。漢字の十と八を組み合わせると「木」になるかららしいのですが、林野庁の方に「その決め方、ほんまですか?」と聞いてしまいました(笑)。でも、こういうことで少しずつ意識を高めていくのもいいんじゃないかなと思います。
[写真1]CLTの可能性を国内外にアピールする仮設建築として
建設された「CLT PARK HARUMI」(2019年、設計:三菱地所設計、
株式会社隈研吾建築都市設計事務所)。
東京・晴海で1年間、展示施設として使用された後、岡山県に移築された
[写真2]床の構造材に国産材CLTを採用した
「PARK WOOD office iwamotocho」
(2020年、設計:三菱地所設計)。
6階以上の事務所建築で、
CLTを構造材に使用した国内最初の事例
[スライド1・2:桜設計集団一級建築士事務所提供]
安井 昇/建築家、NPO法人team Timberize理事長
PROFILE:やすい・のぼる/1968年京都府京都市生まれ。1993年、東京理科大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、積水ハウス株式会社を経て、1999年、桜設計集団一級建築士事務所を開設 。2004年、早稲田大学理工学研究科建設学専攻博士課程修了。現在、岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師、NPO法人木の建築フォラム理事、高知県立林業大学校特任教授、早稲田大学理工学研究所研究員、NPO法人team Timberize理事長、東京大学生産技術研究所リサーチフェローを務めている。
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