DISCUSSION

Vol.40

一言 太郎 ニューラルポケット株式会社 理事
人びとを幸福にする、データを活用したまちづくり[後編]

2022/5/11

Qグリーンインフラを展開していく上で、重要なポイントはなんでしょうか。

A : ノウハウの蓄積や、技術の開発なども必要ですが、私は「経済的サスティナビリティ」が不可欠だと考えています。グリーンインフラが経済的価値を生み出すことで、安定した運営、継続的な取り組みを可能とするもので、その循環を生む経済的な仕組みづくりが非常に重要です。

三菱地所設計が手掛けた「丸の内仲通り」[写真1]や、大阪の「なんばパークス」(2003年[第1期] 、2007年[第2期]/設計:ジョン・ジャーディ、大林組、日建設計)のような事例を踏まえると、民間企業も都市空間の緑に投資する価値を見出していると考えています。世界的にもESG投資の機運が高まる中で、海外では持続可能な社会の実現に貢献する活動に資金が集まっている事例が多くあることが知られています。このようなことを踏まえ、2020年に「グリーンインフラ官民連携プラットフォーム」[図版1]を設立した際、経済的サスティナビリティを実現するための投資に関する考え方を整理、検討する場として、金融部会が設立されました。

グリーンインフラには、人材の流入も期待できます。持続可能で魅力的な都市空間をつくることによって、安心安全や清潔な都市である日本の都市の質的な部分を向上させ、高度人材を日本に呼び込むことにつながるという面もあると考えています。

[写真1]丸の内仲通り街路整備事業(設計:三菱地所設計、竣工:2002年[第1期]、2007年[第2期])

[図版1]グリーンインフラ官民連携プラットフォームの概要
(出典:https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001370646.pdf

Q一言さんは、現在はどのような業務をされているのでしょうか。

ニューラルポケットという会社で、「エッジAI」という画像処理技術を用いて都市の動きを可視化する仕事をしています。国交省の頃に、公共側の意図を技術側がうまく捉えられない場面や、公共側が技術の知識がないために要望をうまく言語化できない場面を少なからず見てきました。公共側の事情をよく理解している人間が技術サイドに立つことで、両者の橋渡し役となり、社会をより良い方向に進めていく一助になるのではないかと考えるようになりました。そういう役割が社会にはもっと必要で、自分の役割はまさにそこなのではないかと考え、転職を決意しました。エッジAIの画像解析技術に、公共部門に貢献する確かな可能性を感じたことも、転職に踏み切るきっかけになりました。

現在は、公共案件を中心に営業全体の総括をしています。転職する際、データをとる技術があれば公共のさまざまな分野に入り込んでいけるのではないかと考えていたのですが、実際に道路、都市、鉄道、物流、防災、観光など、国交省が所管するさまざまな分野で仕事ができています。こういった分野において解析対象となるのは、基本的には人と車です。ニューラルポケットでは、エッジAIという技術を使用し、従来のように取得した映像を転送して解析するのではなく、現地(カメラなどの端末内)でAIによる解析を終えて、必要な情報をのみテキストにして送信します。これにより、私がカメラに写っても「40代男性」というデータのみが送られ、個人が特定される画像などは通信も保存もされません。

こういった技術を活用し、大阪のうめきた2期地区開発プロジェクトでは、公園内の混雑情報を提供したり、倒れて動かない人を見つけたりといったサービスの開発を行いました。そのほか、駐車場の満空情報の把握や、物流施設における車両の滞在時間の把握、まちづくり活動による駅前の人流の変化の把握、避難所でのデータ取得等に取り組んでいます[図版2]。

[図版2]北海道室蘭市における都市公園内の利用状況のヒートマップ化
[提供:ニューラルポケット株式会社]

Qそのような都市を可視化するデータは今後どのように活用されていくと思いますか。

まずは連続性のある基礎的なデータをとることがとても大事だと考えています。天候や時間帯、イベント、開発など、さまざまな項目によって変化する状況を把握するためには、対照となる通常時のデータが不可欠です。まちづくりや都市計画では、ごく短期のデータで状況を把握したように説明するケースが大半ですが、今後は常時観測が当たり前になっていくと思っています。そして、常時観測することで、周辺の環境やアクションの効果が理解され、その後の意思決定のエビデンスやアイデアを生み出す源泉となるのではないか、と考えています。

そういった基礎データの蓄積・アーカイブは、公共によるオープンデータ化が望ましいと思います。データが適切に取得されるようになれば、それ自体が社会インフラになります。多くの人がアクセスできるデータがあることで、さまざまなユースケースが出てくると考えています。

データを測定することで何が分かるのか、どう活用できるのかについて事前の説明が求められるシーンも多いです。公共でも民間でも、投資を行うための説明責任として必要なことは十分に理解できます。しかし、常にデータが取れているからこそ、災害が起きたときに街の中がどうなったかが分かり、後日の検証に使えるわけで、導入前にその説明をすべて明らかにすべきというのは無理があると思います。実際、データを取り始めてすぐに、例えば1週間分のデータを持って打ち合わせをすると、急に話が盛り上がるということは頻繁に起きます。データをとり続ければ気付きがあり、それによってデータを見た人をアクティベートすることにもなるので、ぜひ積極的に検討してほしいと思います。

私は、公共空間を通じて、人びとが幸せを感じる都市づくりをしたいと思っています。そのためには、空間を管理したりリニューアルしたりする中で、利用者の納得感のある意思決定プロセスが非常に重要です。今は、空間を管理する側が状況を十分に把握しないままプロジェクトを進めたり、それに意見する利用者の側も状況を十分に把握せずに反対していたりということが多いように思います。公園という空間ひとつ取ってみても、行政が実施している利用実態調査もごく一面的な公園の姿を把握しているに過ぎませんし、利用者も自分が良く行く時間帯の公園の姿しか知りません。まずは、正しいデータがあって、そこから建設的な議論が始められれば、社会の納得感を高めることができるのではないかと考えています。

人びとの幸福感・納得感を向上するためにデータを活用する。それが、日本のような円熟した社会で本来あるべき姿ではないでしょうか。その実現が、私のこれからのテーマです。

一言 太郎/ニューラルポケット株式会社 事業戦略部 理事

PROFILE:ひとこと・たろう/1981年静岡県静岡市生まれ、横浜育ち、大田区在住。2000年開成高校卒業、2004年東京大学農学部卒業、2006年東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、国土交通省入省。都市公園、スタジアム・アリーナ改革(スポーツ庁)、生産緑地、コンパクトシティ、国土交通省政策ベンチャー等に従事。2021年国土交通省を退職し、ニューラルポケット株式会社に参画。日本造園学会社会連携委員会、日本建築学会編集委員会、自由が丘まちづくり株式会社J-SPIRIT運営委員会等で委員を務める他、一般社団法人みんなの公園愛護会メンバー、霞が関ティール発起人等。

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