DISCUSSION

Vol.46

東海林 弘靖 照明デザイナー
Light is Life: 太陽の地球で人間と [前編]

2023/3/31

Q東海林さんは、地球上に存在する感動的な光と出会うために世界中を旅されているそうですね。 旅を始められたきっかけは何だったのでしょうか?

A : きっかけは大学院修了直前の1984年3月、研究室の建築史家・伊藤ていじ先生から「新しいことを始めるのなら、超一流になれ!」と言われたことです。大学では建築の勉強をしていましたが、私は「建築照明」という言葉の響きに惹かれ、照明デザインの世界に入ろうと決意していました。まだその頃、「照明デザイナー」は数えるほどしかおらず、周りからはどうしてそんな分野に行くのかと少し白い目で見られつつも、何か新しいことをやるぞと意気込んでいた私に、伊藤先生はその言葉を贈ってくださいました。 仕事を始めてから、照度計算の方法や照明器具に関する情報など、「照明デザイン」の技術は比較的簡単に身につけることができました。ただ、本質的な光の良し悪しや、私たち人間と光がどういう関係にあるのかについては、仕事をこなすだけではピンと来ないところがありました。自信が持てなかったんです。だから、いわゆるロールプレイングゲームの世界で経験値を上げるとどんどん強くなっていくように、自分には「旅」が必要だと思い至りました。照明デザイナーになって10年くらい経った頃でしたが、そこから積極的に地球上の光を求めて旅するようになり、結果的に誰も行ったことがないようなところを目指しました。

Q旅先での印象的なエピソードを教えてください。

A : 最初に旅したのは、北アフリカのモロッコです。サハラ砂漠で満月の明かりを体感することが目的でした。ある夜、月を見るために砂丘を車で移動していると、砂にはまって動けなくなっているマイクロバスに遭遇しました。ベルベル人という遊牧民がバスを押して助けようしていたので加勢したら仲良くなり、翌日、彼らの家に招かれました。天井高さ1.8mくらいの、ラクダの毛で編んだテントです[写真1]。ここに照明はないのかと聞いたら、懐中電灯を持ってきて、非常用のこれだけだと教えてくれました。日が沈んだら寝るので、照明はないのだそうです。照明があるのが当たり前というのは、地球上ではごく限られた一部の人たちの、すごく限定的な暮らしなのかもしれないと思ったりしました。

これが満月の月夜の写真です[写真2]。長時間露光で撮影したのですが、体感でも写真の通り結構明るく感じます。照度を計測したところ0.2lxでした。極めて微小な光の量なのにこんなにも明るく感じたのが、この旅で最もショックな発見でした。人間は暗いところに長時間いると、目が順応してものが見えるようになり、0.2lxはとても明るく感じます。照明にはこういった相対的な関係があるので、何lxだから絶対に明るいと考えるのはかなりの誤解だったと、ようやく気づきました。

オーストラリアの北側に位置するパプアニューギニアには、出演したNHKの紀行ドキュメンタリー「旅のチカラ」の取材で訪れました。チャーターした漁船か徒歩で移動するしかないような離島での撮影で、非常に過酷な旅でした。電気はなく、照明はヤシの実から取った油を利用しています。40個ほどのヤシの実からコップ1杯の油をつくるのに約4時間。島民はその油を大切に分け合って、日が落ちると各住戸に1つ、明かりを灯して夜を過ごします[写真3]。ランプの約1.5m下で照度を計測すると、約1lxでした。

この島には、とても素晴らしい光が存在していました。それは、珊瑚礁に沈む夕日です[写真4]。夕方、風が止まって波が穏やかになり、えも言われぬ非常に美しい夕日のグラデーションが、視界いっぱいの水鏡に映し出されます。ずっと見ていても飽きない光景で、「死ぬならここで死にたい」と思うほど、本当に素晴らしい場所でした。

旅の目的は、その島にある「蛍の木」でした[写真5]。夜、ある樹種の樹木に数万匹の蛍が留まり、交尾をするためにオスが輝きます。メスは強く輝くオスに惹かれるので、あるオスが輝くと、俺の方が強いぞと隣のオスはより強く輝く。その結果、木の中で光がぐるぐる回るように動いたり、同期してチカチカと光ったりします。生命体発光なので照明のような明るさはありませんが、とても不思議な光でした。島民は私たちの知らない素敵な光をいっぱい知っているんです。

帰国前、お世話になった長老に、島にとって照明とは何かと尋ねてみました。「夜暗くなると、私たちは微かな灯を灯す。もし1軒でも灯らない家があると、すごく心配になる。漁から戻って来られなかったんじゃないか、具合が悪いんじゃないか。心配になって家まで飛んで様子を見にいくんだ」。つまり照明は、今日も無事に一日を終えることができた、今日もそこに命があるということを示すもの。命のシンボルだと言うんです。“Light is Life”-- その言葉には強く心が震え、涙が出ました。照度計算の方法は教えてもらえても、そんなことは誰も教えてくれませんでした。この経験はものすごい衝撃で、“Light is Life”は以降、私の事務所のテーマとして定着しています。

[写真1]旅の途中で出逢ったベルベル族のテントで、
ミントティーを振る舞われる

[写真2]モロッコの旅の目的だった、サハラ砂漠の満月

[写真3]パプアニューギニアの離島で使われている、
ヤシの実から取った油を利用したボトルランプ

[写真4]パプアニューギニアの珊瑚礁に沈む夕日

[写真5]数万匹の蛍が留まり求愛行動を行う「蛍の木」

Q地球上には、まだまだ私たちが知らない光がありそうですね。

A : 地球は素晴らしい星です。例えば、朝の光。冷えた地表面に太陽の熱が伝わると、水蒸気が立ち上がって靄がかり、朝日が拡散して白い光が現れます。この白い光の色温度は4000Kくらいです。昼間、天気が良ければ青空から光が届きます。天空からの拡散光は8000Kくらいで、とても青白い光として観測されます。夕方になるとオレンジ色の光に変わってゆき、2000Kを下回りますが、夜になってもすぐに光が失われることはありません[写真6]。「ブルーモーメント」という言葉をご存知でしょうか。夕日が沈んだあとも太陽の光は大気中に漂っている水や塵埃といった物に反射して、しばらくの間、大気を照らしています。その地表面に間接照明として光が降りてくる時間のことで、北欧が発祥の言葉です。私たち人間は、毎日ものすごいバリエーションの光に出会って暮らしているのです。

[写真6]夜の青い光

[写真1–6:東海林弘靖氏提供]

東海林 弘靖/照明デザイナー、LIGHTDESIGN INC.代表

PROFILE:しょうじ・ひろやす/1958年福島県生まれ。都市・建築照明デザインのコンセプトにLIGHT is LIFEを掲げ、照明は⽣命の根幹にかかわる⼤切な環境要因であり、私たち⼈間の暮らしの中で、⼼をいやしたり、勇気を与えたり、元気を呼び起こしてくれる重要な要素と捉える。1990年より、地球上の感動的な光に出会うために世界中を探索調査。アラスカのオーロラ、サハラ砂漠の⽉夜、パプアニューギニアの蛍の⽊など⾃然界の光を取材し続け、その光との出会いの感動を糧に超⾼層建築プロジェクトから⾚ちゃんのための集中治療室まで、⼈間と光との基幹的な関係を読み解きながらデザイン活動を⾏っている。

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