DISCUSSION

Vol.44

安井 昇 建築家、NPO法人team Timberize理事長
火事に負けない木造建築物をつくる [前編]

2023/3/7

Q近年、木造・木質建築が注目され、学校や庁舎といった大規模な公共建築を建てる事例も増えています。なぜ今、「木」の建築なのでしょうか。

A : 日本は第二次世界大戦で多くの木造建築を火災により焼失し、終戦から5年後の1950年に都市の不燃化を目標にした建築基準法が制定されました。つまり、近代日本は一度木造を否定し、主に鉄骨造やRC造で都市をつくってきたわけですが、その後1980年代以降、安全が確保できることを条件に木造建築に関する規制は段階的に緩和され、合理化が進んでいます[スライド1]。

まず1987年には、それまで制限されていた高さ13mまたは軒の高さ9mを超える木造建築が可能となり、さらに防火基準において、木材を太く使って火災安全性を確保する「燃えしろ設計」の考え方が導入されました。1992年には、これまで建築基準法上、火災で建物が倒壊しない「耐火建築物」と「その他」で分類してきたところに、火災の延焼を抑制する構造をもつ「準耐火建築物」の概念が創設され、3階建てまでであれば準耐火構造の木造建築が可能に。そして2000年、防火規定の性能規定化により木造の「耐火建築物」が設計可能になります。事実上、高さ・階数・規模の制限なく木造でつくれるようになり、世界に類を見ないような法律に変わりました。しかし、そうは言っても当初は住宅事例が中心で、規制緩和に併せた木造建築・木材利用の技術の進歩、2015年や2019年の改正などにより、木造3階建ての学校や木造4階建ての事務所などが準耐火構造で設計可能になり、ようやく非住宅事例が増えてきたわけです。

2010年に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」も大きな契機となっています。翌2011年、僕たちは都市の木造化・木質化を掲げたNPO法人team Timberizeを立ち上げ、東京の表参道を木質化するという絵を描き、一般の方に見せることを始めました[スライド2]。しかし「こんなの法律でできるわけないんでしょ」という否定的な意見がすごく多かったです。法律では可能なのに、知られていない、やりたい人がいないという時期が長らく続きましたが、ついに昨年、11階建ての純木造高層ビル(Port Plus大林組横浜研修所)が完成しました。表参道の絵では控えめに7階建てまでしか描いていませんでしたが、それを超えるようなものが11年後に実現し、僕たち木造の業界でも、恐ろしい勢いで世の中が変わったという認識をしています。2050年のカーボンニュートラル社会の実現に向けた規制緩和や、公共建築物等木材利用促進法の改正(2021年)など、木材普及にブレーキがかかる理由は見当たりません。今後、ますます木造が注目されて、木造専門家と呼ばれる人たちが役割を担っていくと思います。

[スライド1]建築基準法の合理化・緩和の流れ

[スライド2]東京・表参道の木質化イメージ(制作:NPO法人team Timberize、2010年)

Q木造は鉄骨造・RC造と比べて火災や腐食、割れに弱いといったイメージがあります。「木」と上手に付き合う設計方法を教えてください。

A : 実は「木」は燃えにくい可燃物なんです。火災の拡大抑制等を目的とする「内装制限」の実験を国土交通省と行ったところ、壁に木材、天井に石膏ボードを使用した空間は20分間、燃え広がらないという結果が得られました[写真1]。厚さ15mm、含水率15%のよく乾いた木材を壁に使用した時、1平米あたりに含まれる水分の量はだいたい750ml。つまり500mlのペットボトル1.5本もの水を壁1平米ごとに蓄えているので、なかなか火がつかないわけです。壁に木材を貼るのは、水の量は限られていますがスプリンクラーがついているのに等しいと言えます。

木の性質を見直してみましょう[スライド3]。まずは比重です。構造が軽いと地震時にかかる力が小さくなるので、鉄骨造やRC造より木造のほうが耐震面で有利になります。次に熱伝導率ですが、木はコンクリートの約1/10、鉄の約1/350で熱が伝わりにくいことがわかります。また、木は比熱が大きく、温まりにくく冷めにくい特徴がありますので、エネルギー消費を抑えた建築がつくれます。さらに遮熱性・延焼抑制機能も高いので、木が1分間で1mmずつ燃える性能を用いて30mmの厚みで防火戸をつくれば、30分の性能を持った防火区画をつくることが可能です。一般的なアルミの防火戸は20分の性能で、表面温度は400〜500°cまで上がりますが、木は熱伝導率が低いので内側の温度が100°cを超えません。鉄骨造やRC造より劣るのは、上下階の遮音性くらいだと思います。

腐食や変色は「木造」ではなく、材料である「木」の短所です。ですが、木が腐らないとキノコができません。木が燃えないとキャンプが楽しくありません。これらは木の短所であり長所なんですよね。木材が腐ったり変色するのは「水」が原因なので、濡れないようにしておけばいいわけです。もちろん薬剤でも処理はできますが、基本は一度乾いた材料は濡らさない、濡れてもすぐに乾くようなディテールにすることが重要です。水との縁をしっかり切ってやれば、短所をなくしていくことができます。

僕は大学卒業後、鉄骨造を得意とする住宅メーカーに勤めたのち、20数年前に木造を専門とする自分の事務所を起こしました。木のことは全く知らなかったので、最初に製材所や市場へ行って「木を学ぶ」「木に学ぶ」ということを徹底的にやりました。今でも出張があるとできるだけ現地の製材所を見せてもらっています。丸太から製材をして乾くまでの間に、割れたり反ったりして使えない部分が出てくることを「歩留まり」と言いますが、生の材料から色々な特性を知れるように、自分達でも木材を保管・保持するということをしています[写真2]。事務所のデスクは自分たちで丸太を買って設計し、メンテナンスもしています[写真3]。木材に興味を持ってみると、設計にも活きてくるのではないでしょうか。

[写真1]国土交通省と早稲田大学らが共同で行なった内装制限の実験(2013年)

[スライド3]建築素材の主な性能一覧

[写真2]製材の過程を理解する

[写真3]丸太を買って設計した事務所のデスク。1年に1度、オイルを塗ってメンテナンスをする

[スライド1・3、写真1-3:桜設計集団一級建築士事務所提供、スライド2:NPO法人team Timberize提供]

安井 昇/建築家、NPO法人team Timberize理事長

PROFILE:やすい・のぼる/1968年京都府京都市生まれ。1993年、東京理科大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、積水ハウス株式会社を経て、1999年、桜設計集団一級建築士事務所を開設 。2004年、早稲田大学理工学研究科建設学専攻博士課程修了。現在、岐阜県立森林文化アカデミー非常勤講師、NPO法人木の建築フォラム理事、高知県立林業大学校特任教授、早稲田大学理工学研究所研究員、NPO法人team Timberize理事長、東京大学生産技術研究所リサーチフェローを務めている。

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