DISCUSSION
Vol.50
上田 信行 同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長
世界は可能性に満ち溢れている
―― プレイフルに知覚し、アクションを起こそう! [後編]
2023/07/13
Q最近はどのようなアプローチでワークショップに取り組まれていますか?
A : 現在、三菱地所設計が手がける建築、都市計画、オフィスデザインなど、プロジェクトの新しい設計手法として、ワークショップの可能性を探求しています。設計プロセスにおける「+ EMOTION」を生み出すために、2020年、R&D推進部内に誕生したチーム「Studio X」と一緒に企画・実施しています。Studio Xという名前には、新しいものを探求しよう、という意味が込められています。X(ex)から始まる単語には「explore(探求する)」「express(表現する)」「exchange(交流する)」「experiment(実験する)」など、クリエイティブなものが多いですよね。Studio Xのワークショップは、創造的対話空間を生成し、その中に身を投じて考えるという身体的アプローチが特徴です。課題の可視化やチームとしての一体感の醸成など、新しい価値や意味を生み出すためのワークショップなのでジェネラティブ(生成的)ワークショップと言っています。
とある市街地再開発プロジェクトでは、地権者が20人ほど集まってどういう地域にするのかを一緒になって考えるワークショップを行いました。ここでは3つのメソッドで展開しています。
1「サークル対話」──大勢でディスカッションをする時、よく話す人とそうでない人にわかれてしまうことがよくあります。そこで、ローテクノロジーであるスケッチブックとマジックを用います。皆でサークル状に座り、各々がメッセージやアイデアをスケッチブックに書いて、表現して、一斉に発表する。すると全員の意見を「見る」ことができるのです。そして「Low Floor(ソフトウェアの開発原則の1つで「敷居が低い」の意)」、すなわち、とっつきやすく誰でもができる活動を用意します。ここではまず自分の名前と読み仮名を書いていただき、挨拶をすることから始めました。
この「サークル対話」は、オランダの一部の小学校などで行われている「イエナプラン教育」の特徴の1つで、1人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶオープンモデルの教育方法です。サークルになることで、全員が対等な立場であるということを実感することができます。相手の話をしっかり聞き、お互いに尊重することが重要です[写真1]。
2「共同注視(Joint Attention)」──開発地域の地図を5つの時代、文明開化、戦後、高度成長期、バブル、現在に分けてプリントし、みんなで広げて見ることをしました。自分と相手とモノの三項関係をつくることで、コミュニケーションが活発になります[写真2]。この時は、地図に色分けしたポストイットを貼って、各地域の好きなところや変えていきたいところなど、意見を出し合いました。
3「モノ語る」──地権者の方に、開発地域に対する愛着度を縦軸に、時間の経過を横軸に、グラフで表現してもらいました。「地域にどんな愛着があるか」という抽象的な問いも、時間を追ってグラフに落とし込むと変化の度合いが可視化され、話しやすくなります。アメリカやカナダ、オーストラリアなどの幼稚園や小学校で行われている、クラスメイトの前で自分の好きなものや最近の出来事などについて発表する「show&tell」のように、モノで語るのです。
また、イタリアの幼児教育メソッド「レッジョ・エミリア・アプローチ」の特徴である「ドキュメンテーション」も取り入れています。レッジョ・エミリアでは、子ども同士や保育士との会話、活動の様子をメモや録音、写真、動画として記録し、パネルにしてみんなが目にできる所に掲示しています。僕たちはこの可視化の方法をワークショップに取り入れ、活動内容やその成果を考察するために活用しています。
[写真1]サークルになることで、
全員が対等な立場であるということを
実感することができる「サークル対話」
[写真2]オブジェクトを介すことで、
コミュニケーションが活発になる「共同注視」
QここからはStudio Xのメンバーにも話を聞きたいと思いますが、実際にどのような記録をとっているのですか?
A : 飯井郁弥:参加者の表情や思考プロセスなど、非言語の情報を視覚情報として切り取ったり、言語情報へ変換して記録したりすることを実践しています。
視覚情報の例として、ワークショップの様子をビデオで撮り、その場で編集するRTV(Real Time Video)があります[写真3]。できた映像をワークショップの途中や最後に全員で視聴し、自分たちの体験を省察、再構成しながら、体験の意味づけをしています。
RTVはリアルタイム編集という制約の中で映像クオリティを最大限高めるために、カット割りや画角などの構図は事前に検討しておきます。ただし、その事前準備に囚われすぎないように、記録する時は、今何が起こっているのか、場面を捉えようとしています。
RTV制作はかなり集中力を要しますが、生成されている事象の記録となるので話に入り込みながら、ハイライトシーンを収めています。
土屋麻衣:言語情報の例としては、Scribingという方法でドキュメンテーションを作成しています。Scribingは文字やイラスト情報を模造紙やiPadに纏めていく手法で、記録するメディアは異なりますが、RTVと本質的な部分は共通しています。
上田氏:このようにしてできたRTVとScribingは参加者のみならず、資料として閲覧した人を巻き込み、より広いコミュニケーションを生む効果があります。
[写真3]ワークショップの様子をビデオで撮り、
その場で編集する「RTV(Real Time Video)」
Qワークショップやコ・デザイニングの考え方は、これからの働き方にどんな影響を与えるのでしょうか。
A : 上田氏:これからのデザインは関係性の中で紡がれていくと感じています。ワークショップは参加した人全員の当事者意識を引き出し、高い目標(志)や高揚感、推進力を生み出すことができます。向かっていく方向を誰かが決めるのではなく、1つの共同体として、みんなで生み出していく「コ・デザイニング」で、都市の再開発も行われるようになっていくのではないでしょうか。
安田健一:建築設計には意匠設計、構造設計、設備設計など様々な職能の人が関わります。Studio Xには専門性の異なるメンバーがいて、クライアントや建物利用者と一緒に考えていくことで、新しい何かが生まれるのではないかと期待しています。コ・デザイニングの一歩先、「Design by People」で未知数のXに挑戦したいのです。これは上田先生との学びの中での気づきを得たものですが、これまでの設計は「for People(利用者のために)」、最近は「with People(利用者と一緒に)」でした。これからは「by People(利用者によって)」になると強く感じています。「Design by People」を実現するために「プレイフル・スピリット」に溢れ、「リフレクティブ・インテリジェンス」でクライアント、利用者、設計者が相互に成長を促せるワークショップなどを実践していきます。
杉山弓香:ワークショップをやっていると建築以外の方の発想に触れるので、職能を超えた柔軟な頭でいられます。様々なXが集まる感覚です。教育学は幼児を対象とするイメージがありましたが、大人のやる気を引き出すこともでき、ワークショップはパーティーのようで楽しいです。プレイフルなスピリットを全世界に広げたいと思います。
上田氏:このように、すべての人が当事者意識を持って、憧れに向かい、プレイフル・スピリットを発揮してコ・デザイニングしていくことが、これからの世界、私たちの未来を拓いていくのではないでしょうか。たくさんの人が五感を駆使して、未知の世界にチャレンジしていく、そして自分の境界をどんどん拡張していく、そういう世界になるようにみんなでアクションを起こしていきましょう!
[写真1-3:Studio X提供]
上田 信行/同志社女子大学名誉教授、ネオミュージアム館長
PROFILE:うえだ・のぶゆき/1950年奈良県生まれ。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され、セントラルミシガン大学大学院にてM.A.、ハーバード大学教育大学院にてEd.M., Ed.D.取得。1996〜1997年、ハーバード大学教育大学院客員研究員。2010〜2011年、MITメディアラボ客員教授。専門は教育工学。プレイフル・ラーニングをキーワードに、学習環境デザインとメディア教育の先進的な研究をおこなっている。著書に『プレイフル・シンキング:仕事を楽しくする思考法』(宣伝会議)、『協同と表現のワークショップ:学びのための環境のデザイン』 (東信堂、共編著)など。
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